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2004-08-27

強い女

昨日に引き続き、今日も夜に人と会った。今晩は前職の仲間三人で。先日久々に連絡いただけたのをいいことに、私の方から彼にあるものを拝借したいと身勝手なお願いをし、ではその引渡し日に小さく飲み会でも、という話に。久しぶりに落ち着いておしゃべりすることができて、とても楽しかった。

のだが、後々まで心に引っかかってしまったのは、帰り道に一人からかけられた「変わった」「落ち着いた」という言葉。私のことである。それがどういうことなのか、帰宅途中の電車の中で考えこんでしまった。今日の私のどういう振る舞いが彼にそういう印象を与えたのか、私は本当に変わったのか、それとも久々に再会した今晩数時間の私と一緒に働いていた当時の私の印象が彼の中でたまたまちょっとずれていただけなのか。

彼のニュアンスとしては、昔と比べて飲まなくなった、はしゃがなくなった、落ち着いてしまった、若さが消えた、という感じだったと思う。なんというか、「変わっちゃいましたねぇ」的言い回しだったから…。苦笑。まぁ今じゃ一切はしゃがないということでもないのだが、落ち着いて「しまった」感はちょっと自覚あり。でも、おそらくそれだけじゃない。彼がそういうことを感じた深層には、今晩の私との対話の中で「強く主張するようになったなぁ、昔はもっと静かに話を聞いてくれてたのに…」と、潜在意識下かもしれないがそう思ったからじゃないかなと思った。電車の中で今晩数時間の私を振り返ってみたら、そういう部分が「彼の知る当時の私」と違うところだったからだ。かなり憶測だけど。

そんなことを考えるうち、あの頃と比べたら、私は実際変わったのかもしれないな、と思い至った。前職の頃は、自分の考えというのがあったとしても、それを表出することをあまりせず、人の考えや思いを受容して、それを考慮しながら自己完結で「動く」ことに徹していたような気がする。徹するというと言い過ぎなのだが、とにかく物事がうまく進むように静かに動いておく。「違う」とか「そう思わない」と自ら攻撃を仕掛けることは非常事態でない限りほとんどしなかった。関わる人がほとんど最終的には「顧客」か「取引先」という環境でもあり、違うと思うことがあればこの人はそう思うのだなと思い、それを静かに受け止めて吸収するところで終わるようにするのが日常だった気がする。

その頃に比べると、今は「私はこう思う」ということを随分言うようになったと思う。何でもかんでも言うことはしないが、これはこの人に「伝えるべき」「伝えたい」というエネルギーを持ち、自分の信念上これをその人に「伝えても支障がない」という自分なりのGOサインが出れば、結構自分の考えや思いを率直に話すようになった。職場環境の変化で考えると、今は普段上司と同僚という身内に囲まれて仕事をしていることも影響しているのだろう。その分だけ「率直に話す」機会が増え、考えや思いを形にして表出することを日常的に求められるうち、そういう行為に慣れたのだと思う。また、驕る(おごる)という領域には足を踏み入れないようにしているが、自分がある部分の自信と信念をもって人に伝えられる小さな何かが生まれつつあるのかもしれない、とも思う。

それは一つの成長でもあると思うし、TPOに応じてコントロールできるのであれば基本的には良いことだと思う。でも、それなら今日の私はどうなんだろうとも思ったり。加えて、いわゆる女が大人になって強くなるってもしかしてこういう事なのか?30歳を目前に私もその一歩を踏み出したって感じなのか?と、微妙な不安に駆られてみたり。知らぬうちに自分が「強い女」という生き物になっていたら、自分ながらちょっと怖いなぁとか。くわばらくわばら。

確かに自分のできることをしっかり形にして人に届けていきたいという欲は、以前より強くなっている気がする。でも、優しさや柔らかさみたいなものはずっと大切にしたい。それはきっと人の内側に共存させられるものだから、両方を交じり合わせながら、私の中で大切に育んでいきたいと思う。長い道のりだ。

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