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2017-04-23

仕事な週末、仕事な春

この週末は、ひたすら仕事。土曜日は10時半にスタート。何度か場所を変えながらペンと紙で情報整理を繰り返し、提案の中身を作ってだいたいの目処が立つと、夕方から会社の自席でPC作業に突入。23時ごろまで集中してカタカタするも、終わらなくて日曜日に続く…。

ざわざわした喫茶店から始めたのだけど、思考が集中しだすと、次第に人の話し声が音に変わっていって、いつしか聞こえなくなる。ふと我にかえると、そこそこ時間が過ぎていて、しばし紙とペンの世界に滞在していたことを知る。プールで泳いでいるときの龍宮城体験にも近い。これはなかなか贅沢な時間である。なかなか集中できない人間であるがゆえ…とも言えるが。

この一週間は、木曜のイベント登壇を控えてどきどきしつつも、メインの裏方仕事がそれはそれで大きな宿題を抱えていて、頭に汗をかきかき提案作りに勤しんでいた。

先々週に訪問したA社の提案骨子を粗く紙に書きあげて、参画してほしい方に相談して講師依頼、諸々すり合わせて承諾のご連絡をいただけると、テンションがまたぐっとあがる。この人たちと受講者をぜひとも良い形で引き合わせたい!と腕まくり。提案書の締め切りを一昨日の金曜に設定していたので、とりあえず最優先。

その先週半ば、別に引き合いいただいていたB社を訪問。腹を割ってお話しくださって2時間近く話しこむ。いろんな問題意識を聴かせてもらったので、来週末までに課題を整理してご提示しますねと持ち帰ってきて、きちんと形にして力になれたらなぁという思いを抱えたまま、ひとまずA社の提案書作成に戻る。

木曜のイベント登壇を終えてほっと一息すると、あとは今日中にA社の提案書を仕上げて提出だ!という金曜の朝、A社から状況に変更が生じたとの報。もうひと枠大きな&急ぐ相談ごとに進化したもよう。その日の夕方、直接その進化版を聴きに行くことに。

もともと作っていた提案書を午前中に仕上げ、出来たてのほやほやのそれを持参しつつ、大きくなった話のほう中心に、あれやこれや話しこむ。これもまた2時間近くに及ぶ。じゃあこうしませんか?という全体の方針とか設計図とかを可能なかぎりドキュメントに起こして、来週月曜の会議までに用意してもらえないかというので、お引き受けして客先を後にした金曜の夜。

からの週末。この感じ、久しぶりである。締め切り迫る中、お客さんに喜んでもらえる提案を模索して頭の中が活性化し、緊張と高揚と集中が入り混じったような静けさ。私的には、人の相談ごとに自分のやりたいことを作ってもらっているような仕事人生なので、これだけで十分ありがたいが、自社に貢献する上ではきちんと案件化もしないと。日曜のうちにA社の着地点をみて、B社に入っていけますように。この仕事、やっぱり春に引き合いが多いのだろうか?と今さら…。というわけで、変わらず受託仕事に励んでおります。

2017-04-22

DeNA「Game Developer's Meeting」出演録

先日ここに書いた、DeNA主催「Game Developer's Meeting」の出演が無事に終わった。緊張したけど、終わってみれば楽しかった。と書いてみて、「緊張したけど、終わってみれば楽しかった」という経験をするのは貴重なことだなぁと、しみじみ読み直してしまった。機会をくださった主催者に感謝だ。

参加者募集は、定員30名のところ50名ほどに申し込みいただくことができて、前倒しで受付終了。当日は40数名の方がご参加くださった。

第1部で自分が話し終えるまでは、うまく話せるかなぁ、時間超過しないでしゃべれるかなぁ、聴いて良かったと思ってもらえるかしらとドキドキするばかりだったけど、ご参加者の柔和な表情と、うんうんといううなずきに助けられて、話し始めたら、わりとリラックスして最後まで話せた。時間も45分ちょうどにおさまり、そこでふぃーっと脱力。

その後の第2部「トークセッション」ではDeNAからの登壇者4名の方のお話、第3部「懇親会」では10人ほどのご参加者に対面で話を聴かせてもらえて、たいへんに有意義だった。

人のお話を聴くのは、やっぱり面白い。DeNAの登壇者の皆さんとは、事前に顔合わせの場を設けてお話を聴かせてもらい、そこからどんな話をしてもらったらよいか整理、話すテーマをざっくり構成だてて臨んだのだけど、顔合わせでお話を伺っている時点で、ほんと皆さん魅力的な人柄で、お話もすごく素敵だったので、当日はただただ話に聴き入らせていただいた。

懇親会で伺ったイベントご参加者のお話も、キャリアがテーマで集まっているということもあって、みんな初対面でものっけから、ど真ん中で自分のうちにあることを語ってくれている感じがあって、とても濃い時間を過ごせた。

年代、経験年数、職種はさまざまでも、みんなゲーム業界のクリエイター。彼・彼女らがまとう雰囲気に触れ、なんとなく昔懐かしい感覚を覚えたのも感慨深い。

私が社会人なりたてで入った会社、1990年代に触れた、あの空気感だ。不夜城のビルで遅くまで仕事して、私は夜中に家に帰るんだけど、数時間後に戻ってくると、照明を落としたフロアの仮眠ベッドや寝袋、あるいは隅っこの床で、よく人が転がっていた。

あの職場で私は、クリエイティブ分野のオタクがもつ創作意欲、熱量、想像力、素直さ、謙虚さ、真面目さ、不器用さ、素朴さに触れて、こういう人たちのキャリアをサポートする仕事はものすごく有意義だと感じる自分を発見した。私の職業人生は、そこから始まっているのだ。学生時代には、なんのアテもなかった。

イベント翌日に拝見したアンケートのコメントも、〜にハッとした、発見があった、視野が広がった、自分のキャリア形成のヒントが得られた、難しく考えすぎていたことに気づいた、分かりやすく解説されていて驚いた、とにかくすごかった(これは、なんだろう…)とか概ね好評だったようで胸をなでおろした。

いやぁ、ほんと良い経験をさせていただきました。この先も、このご縁が良い形で通じていきますように。ありがとうございました。

2017-04-14

DeNA「Game Developer's Meeting」に出演

縁あって、ディー・エヌ・エー(DeNA)さんが主催する「Game Developer's Meeting」で、ゲームクリエイター向けにキャリアのお話をさせていただくことになりました。

熱い技術とかじゃなく、キャリアの話をテーマにすえて、どれくらい皆さんが会場に足を運んでくださるものかと不安もあったのですが、わりと順調にご参加申し込みをいただいているようで、ほっとしています。

皆でわいわいできそうな雰囲気なら行ってみようかな!という方は、今も受付中なので、ぜひお申込みくださいませ。きっと高層階からの渋谷の夜景も楽しめます(会場みていないけど)。

ゲームクリエイターのキャリアについて、みんなで考えてみる
http://gdmcareer01.peatix.com/

私の話では、勉強会というのではなく、自分のキャリアについて力まずに考えてみる時間をつくれたらと思っています。

私の話の後は、DeNAさんでゲーム開発に携わる方たちのトークセッション。大きい会社だからこそいろんなキャリアを歩んできた人たちが出入りしているだろうと思って、バラエティ豊かなキャリアを歩む4名の方のお話を聴ける構成としました。

●コンシューマーゲームからソーシャルゲーム開発に転向
●デザイナーから、現場に寄り添ったマネージャーへ
●新卒入社で運営プランナーから新規開発プロデューサーに
●ライフステージが変化しても働き続ける女性
といった方々に登壇いただくので、ちょっと気になるキャリアの方がいらしたり…とかあれば、ぜひ。

第3部はMeetUp(立食懇親会)、飲んだり食べたりできるっぽいです(無料)。数十人の会なので、この人のキャリア話、もっと突っ込んで聴いてみたいとかあれば、気軽に声もかけやすいと思います。いやいや、むしろ自分のキャリア話を聴いておくれよ!という方もぜひ。参加申込くださった方々も、いろんなゲーム会社の方がいて、職種もバラエティがあって、キャリア年数も様々なので楽しいと思います。

エンジニア、デザイナー、プランナー、サウンド、ディレクター、プロデューサーほかゲーム開発に携わっている方でしたら、コンシューマゲームの方もソーシャルゲームの方もウェルカムです。

2017-04-04

枠組みを融かして

4月になった。渋谷の桜は満開まであと少し。朝晩はまだ寒いけど、日中はだいぶ暖かくなったし、夜は雷がごろごろいったりして、なんだか一気に春もようだ。

今年度の仕事は「広げていく」感じなのかなぁと思っている。潮目を読むに…と言えれば格好いいけれど、直感で言っているだけ。なんとなく「広がっていく」感じがするから「広げていく」といいのかなというだけなのだけど。

研修サービスの枠組みを超えて、組織の人材開発・組織開発へ。
Web業界の枠組みを超えて、ゲーム・映像業界にも。
スキル開発に留まらず、キャリア形成のサポートにも。

欲張り、散漫にはなりたくないんだけど、系統だった研修というより、ゲリラ的に問題解決の施策として、あの手この手。まぁこれまでもちょこまかとはやってきて、延長線上の話ではある。

へんに専門領域みたいなことを考えて、外で築かれた枠組みに自分を押し込めずに、この場所で、直面する問題で、今の自分が貢献できること、やりたいこと、価値があると思うことに仕えていくのが自分の自然体だと思うので、そうできたらなと思う。

Every individual is an exception to the rule.
人はみな、例外である。

ユングが残した言葉。言葉で言うだけでなく、本当にそういう人間観をもって人と向き合っていきたい。そういうキャリアカウンセラーでありたい。だだっぴろい枠組みでのキャリアカウンセラーに。

2017-03-24

しょんぼりズム

誕生月というのは放っておいても、星の巡りかなにかで勝手に快い風が頬をなでていくものかと期待していたけれど、今年はどうも閉塞感が漂う、ここ数週間。

普段からだいぶ地味な暮らしぶりなので、人様からみて分かりやすく何がどうという変化はない。特別誰かに指摘されることもなく、いつも通りといえばその通り。ただ自分の中でひっそり静かに、このしょんぼりズムを様子見していた。

「理由を挙げよ」と言われれば、身近なものから社会情勢まで5つ6つ具体的な事象は思い浮かぶのだけど、「それが理由なのか、どれが一番の決定打?」と問いただしても、どうかなぁとぼんやりした答えになる。そういう因果律にのせる話じゃなくて、なんとなくそういう時期ってことなのではと思ったほうが自然な受け止め方なのかもって気もする。

それでまぁ、どれかに要因を定めて応急処置を試みることもなく、しばらく無理に元気ぶらずに(ってもともとがあれなのであれだけども)、本を読んだりラジオを聴いたりして(ってこれもいつもと変わらなすぎるけど)、淡々と経過観察して過ごすようにしていた。キャリアカウンセラーとして、極力こういうときには自分の心の動きを丹念に観察するようにしているというのもある。

それで気づいたのは、こういう気持ちのしぼんだときに、「サピエンス全史」みたいな壮大な世界の話だけ読んでいると、私はダメなんだなってことだ。

地球の始まりや人類の始まりから今をながめる世界の捉え方に触れていると、対する自分のちっぽけさを感じざるをえない。自分の気持ちの塞いでいるのなんて、それこそちっぽけなことに思われるので、最初は大いに健全な過ごし方だと思って読んでいた。今こそ、こういう壮大な話を読むべきなのだ、と。

はじめは本当にそうだったのだけど、なにぶん読むのが遅いので、何日もかけて読み続けていると、頭の中が自分がちっぽけであるということだけに埋め尽くされてしまって、これはこれでバランスが悪いのではないかと気がついた。

外界は壮大であり、自分はあまりにちっぽけである。というのは、あまりに当たり前のことである。と同時に、とはいえこのちっぽけな自分の人生を、壮大なものとして生きているちっぽけな自分もいるのである。

一人の人間として生きていく以上、このちっぽけさからは逃れられないから、私の外側に広がる世界の壮大さと同等の壮大さをもって、私の内側にも小宇宙のようなものが広がっている、そう捉えないと健全なバランスを欠いてしまう。

外側ばかりに目を向けて、自分はなんてちっぽけなのだ…というだけで何日も何週間もやっていると、ちっぽけな自分が、自分にとっちゃそれでもすさまじい人生を生きていくということを、どう価値づけていいのかわからなくなってしまう。この浮遊感は、ちょっと健全じゃないなって思った。

なので、一旦「サピエンス全史」を手放して、一人の人間の物語を読んだり、ユングや河合隼雄さんの心理学の本を読み直すことにした。この処方箋はあっていたようだ。

あと、稀有な友人たちとのおしゃべり時間をもって、はぁ、やっぱり人は人と触れ合って生きていくのだよなぁと実感したり。ちょっとした仕事の声かけがあって、はぁ、やっぱり私は人に仕事をもらって、それでかろうじて生きているのだなぁと再認識させられたり。なんかぎりぎり乗り切った感があるけれども、そろそろ誕生月も終わるし(関係ない)、4月は久々に新しい気持ちで迎えてみようと思う。

2017-03-08

教養に向かう興味の源泉

子どもの頃から、理科や社会は苦手科目だった。たぶん最初の出会い方を失敗したのだ。物心ついたときには、すでに理科や社会が「覚えなきゃいけないこと」の集合体に見えていた。中学、高校と進むごとに苦手意識は高まって、受験はいつも国語と英語で切り抜けてきた(数学は論外…)。

大人になってから、おしゃべりの中で「え、それって小学生のときに習わなかったっけ?」という返しをもらって、「え、小学生のときに習った理科のこと覚えてるの!?」と真剣に驚いた。

そうした非凡な人たち(私からみると)との出会いに恵まれたことが、私の幸運だった。彼・彼女らが子どもの頃から純粋に興味をもって「へぇ、そうなんだ」とインプットしてきたことを喜々として語る様子に触発され、私は大人になってから理科とか社会で取り上げられる類いのことに(わりと)純粋な関心を向けるようになった。

ただ一方で、私の中に芽生えた興味は、非凡な友人らのそれとは異質なものに感じられるのも事実。生物でも化学でも歴史でもいいけれど、友人らが興味対象に向ける純粋な知的好奇心は、それ自体にまっすぐ伸びて、それに直接接続する強さが感じられる。一方の私には、それを「とことん知り尽くしたい」とか「とことん考え抜きたい」とか「とことん調べ尽くしたい」といった気概がない。

興味を覚えるようになったとはいっても、一般向けの入門書を読んだら、もうお腹いっぱい。しかも読書中から数行・数ページ読んでは、その少量を携えて自分の内側に向かっていってしまうことしばしばで、読書は遅々として進まない。

思索と言えば格好もつくが、別段どこに到達するわけでもない。読み終えれば詳細はほとんど忘れてしまうから、人に教えられるような知識も残らない。なんの分野にも一向に精通しない。

ただ自分の、世界や自分ごとをとらえる物差しが増えたり伸びたりして、自分自身が楽になっているだけだ。

昔から、この時代・この地域・今の自分周辺の価値観に限定した当たり前や常識にとらわれたモノの見方にはまりたくないという性向はあった。けど、若いときのそれはせいぜい100年200年前との比較を想定したものだった。高校生くらいのときは、江戸時代にもその考えって通用するだろうか?と、よく自問していたものだ。

その尺が、大人になってぐわっと伸びた。「ソフィーの世界」(*1)を読めば紀元前600年から、「サピエント全史」(*2)を読めば45億年前の地球誕生どころか、135億年前の物質とエネルギーの誕生とか、原子と分子の誕生から今までと、世界をとらえる物差しが一気に伸びるのだ。

持ち替えられる物差しが手もとに増えれば、そのぶん自分のモノの見方も自在になる。長いの短いの、都合にあわせて持ち替えられると、いろいろな場面で楽である。少し経つと「あれ、何億年前だっけ?」「あれ、何の始まりだっけ?」と忘れちゃうのだけど…、私は自分の物差しが増えたり伸びたりしただけで、わりと満足してしまうのだった。ここに、友人らの非凡さと、私の凡庸さがはっきりくっきり出る。

それでも、ないわけじゃない私の極めてはかない興味の芽生え。この源泉はいったい何なんだろうかと考えていて思い浮かんだのが、以前読んだ本の一節だ。

ヘーゲル的な「教養」には、自分にとっての「よい」が普遍的に「よい」ものかどうかを判断するための能力という意味がある。教養は、共同体における「よさ」が多様なものであることを教える。(*3)

こういうことかと合点がいった。私はヘーゲルが言うところの教養を欲しているのではないかと。物質とエネルギーとか、原子と分子そのものにはさしたる興味をもてないのだけど、自分のモノの見方をちょいとでも普遍的で多様なほうへもっていくことには興味がある。

普遍的なモノの見方、多様なモノの見方を完全に手中におさめるなんて、人間には到底無理な話だ。それは、あきらめている。それは前提として、昨日より今日、今日より明日の自分が、少しでもそっちのほうに近づいていけたらいいなぁという、だいぶ控えめで平凡な願いをもっている。今もっている自分の前提を崩し続けて、一段ずつでも普遍的な見方に近づいていくために教養を欲しているのだと考えれば、なるほどと思う。

この世界はどっちつかずな物事にあふれていて、狭い了見で極論を一択すれば、いろんなところに無理が出てきてしまう。そうではなくて、あれとこれの真ん中に立って、その不安定さを許容して、うまくバランスさせようとするところに、人間ならではの聡明さがあるんじゃないか。そうせんと動機づけ、その過程を下支えしてくれるのが教養だ。それを欲していると考えれば、なるほどと思う。

純粋な知的好奇心に比べれば、きわめて微弱ではあるけれども、自分なりにこの「教養に向かう興味」を大事にしていけたらと思う。

多様なモノの見方を受けとめた上で一つの着地点を見出そうとする過程で、人は優しくなれたり、強くなれたり、創造的になれたりする。ときに難しくて、もろくなったり、コントロールがきかなかったりもするけれども、教養はそこでも助け舟を出してくれる。別のやり方、別の見方、別の気の持ちようを与えてくれる。大人になって教養科目に惹かれていったのは、そうした背景があるのかもと思った。

ともあれ長きに渡って魅力的な人たちと出会い、つきあってこられてこその変化。本当にありがたい。そんなことを思いつつ書き連ねつつ、まもなく四十を終える。

*1: ヨースタイン ゴルデル「ソフィーの世界」(NHK出版)
*2: ユヴァル・ノア・ハラリ「サピエント全史」(河出書房新社)
*3: 平原卓「読まずに死ねない哲学名著50冊」(フォレスト出版)

2017-03-07

内示を受けているときの頭の中

組織改編の時期、私も2月末に上司に呼ばれて内示を受けた。ここ数年、会社的にはいろいろありつつも、私自身はもう何年も同じ部署・同じ肩書きでやってきたのだけど、今回は久しぶりに異動となった。

といっても、所属している「キャリアデザイン部」ごと、事業部門から管理本部に移るというので、それについていく恰好。個人の配置転換というより、組織改編に伴う人事異動という感が強い。

名刺も「○○事業部」とか「管理本部」とか入っていないので、4月以降も「キャリアデザイン部トレーニンググループ」という、これまでと同じものを使うことになるだろう。

とはいえ大枠の所属部門が変わるということは、期待される役割も少なからず変わるということ。とりわけ私のように(何かの専門分野を内にもつコンテンツホルダーでなく)何らかのシチュエーションを外から与えられてそれを編集するような役回りの人間は、「どこに所属して誰に向かって仕事するか」の変更に影響を受けること大とも想像する。

今後は、一般クライアント案件より内部向けの比重が大きくなり、もっと長期的なスパンで組織内の人材開発を担っていくことになるのかしら。まだ、直近で何に注力したいか、先々どう展開させたいかという組織的意向を詳細には確認していないし、どこまで詰めているかもわからない。

「中の仕事」より「外の仕事」のほうが性に合うと思っているところがあって、今は、内側の仕事にどう向き合えるか、不安もないわけじゃない。どれくらい独立的に仕事ができるか、どれくらい決済能力と権限ある人を巻き込めるか、どれくらい案件一つひとつを通じて自分が成長実感をもてるか、やれることを増やせるか。

いろいろ気がかりだけど、いい歳だし、そこも含めて力の鍛えどころということなのかもしれない。基本的な指針が折り合うかぎり頑張りたい…。あと久々の席替えが待っているのも気がかり。今くらい奥まったところの静かな席に移れることを日々願っている。

このところはクライアント案件も立て込んでいるわけじゃなかったし、私自身も「研修サービスという枠組みを取っ払って、組織的なパフォーマンス改善にどう貢献するか」って、もう一つ広い枠組み(あるいは、もう一歩踏み込んだソリューション)にフレームをさしかえたいかも…と思っていたところなので、ちょうどいいタイミングなのかもしれない。

やり方と環境次第では、外のクライアント仕事より新しい領域にチャレンジさせてもらいやすいかとは思うし、内情も深掘りして把握しやすい。そこで「組織のパフォーマンス改善」と「個人のキャリア開発」をうまく掛け合わせて成果を出せるようになれば、まずは社内への貢献、その経験をもって外のお客さんの役に立てる領域も広げていけるかもしれない(今でもご相談ウェルカムですが!)。

Web分野にとどまらず、自社グループが手がけるゲームや映像編集系の業界知識もたくわえて、自社→グループ各社→一般クライアントへと、クリエイティブ業界を中心に人材開発とかパフォーマンス改善に貢献していける戦力を磨いていけたら、それは私個人にとっても会社にとっても、きっと良い道筋だ。

私はわりと、機会に乗じて身の振り方を考える受け身(だけど前向き)キャリアデザイン戦法なので…、この機会をうまく活かして専門性を高めていけるといいかなぁなどと思いつつ、内示を聞いた。

会議室で内示を受けている最中というのは、だいたいこういう組み替え作業を頭の中でごちゃごちゃやりながら上司の話を聴いている気がする。自分が今関心を高めている領域と、今ふってきている環境変化と、どう組み合わせたら組織的にも個人的にも建設的な枠組みに収まるかしらとか。その枠組みの中で、直近一年くらいをどんなステップとして意味づけると有意義かしらとか。

ちょうど「パフォーマンス・コンサルティングII」(*1)も読み終えて、自分がこれまでやってきたことの延長線上に「今後掘り下げたいこと」が具体的にイメージできてきた頃合い。あとは実践の場をもっと増やして、調査・分析の経験を積む段階かなぁと思っていた矢先でもある。

「時間がない」「スキル不足」「人手不足」あたりを問題点に据えたところで立ち往生している組織があるとすれば、そこにどう介入して、組織的な問題構造を調査・分析していけるか。ここら辺を形にして、きちんと役立てるようになれたらいいなと思う。

並行して、これまでどおり「実務スペシャリストが講義して教える」だけでは成しえない効果的な学習の構造設計も増強していきたい。実務スペシャリスト(講師役)の良いサポーターとなって、クライアントの実務に直結させた演習作りとか、効果測定・検証、継続施策への展開、実践スキルとして定着する職場環境づくりなど、専門性を磨いて手がけていけたらなと思う。

あとは、研修以外のアプローチも含めて、分析後の対策を具体的に提案できるようになるためには、人事系のいろんな専門家とのネットワークづくりが必要になるだろうとも思う。これが、わりと苦手領域で難儀だけど…。

従業員のパフォーマンスが発揮されない要因が、「個人のスキル不足」1点に限定されることは稀だ。要因が一つでないなら、ソリューションだって単一ではないわけで、そこにきちんと関わって専門的に調査・分析、企画・提案、設計・開発、実行・評価していける力を磨いていくには、自分のやり方にも見直しが必要ってことだ。できるところから、にょろにょろ変えていこう。

*1: デイナ・ゲイン・ロビンソン、ジェームス・C・ロビンソン著「パフォーマンス・コンサルティングII~人事・人材開発担当の実践テキスト~」(株式会社ヒューマンバリュー)

2017-02-09

2回目の目の手術、その後

私は両目に翼状片(よくじょうへん)という病気を患って、2年半前に右目、2ヶ月前に左目の手術をして、それを切除した。

その体験記をブログに書き残してきたので(「目の手術(翼状片)」というカテゴリーにまとまっています)、私のブログには「目の手術 怖い」とか「翼状片 云々…」といった検索ワードで訪れる人がけっこういる。

のだけど、特別そういう人たちに向けて書いたのでもない個人的な吐露に終始してきたため、このことを気に病んで検索してきた人にとってバランスのとれた文章にはまったくなっていない。私のおぞましい体験記を読んだとすると、「よっしゃ、手術受けよう」とは、なかなかならないだろう。どちらかと言えば、手術を踏みとどまるほうに作用するに違いない。というのが、ずっと気になっていた。

なので遅ればせながら、ここに書き残しておきたい。終わってしまえば、やっておいて良かったと思っています、ということを。両目とも術後は順調にきているし、目には今まったくカケラが見当たらない。再発率が低い手術をしてもらったおかげもあってか、右目は2年半再発していない。運よく、腕のいい先生に執刀してもらえて、術後もしっかり診てもらえたというのは大きい。その環境あってこそと思うけれど、手術した決断に後悔は一切ない。

最近手術した左目のほうは、今ひと月おきに眼科に行って経過を診てもらっている。昨日は術後2ヶ月経ったところの診察、「今のところ順調ですね」と言われて安堵。ちなみに先生はいつも「今のところ」という言葉を欠かさない…のを私も聞き逃さない。あ、でも、右目はいつからか「今のところ」が消えた、そういえば。

この2ヶ月間は、冷蔵保存しなきゃいけない目薬(リンデロン)をさす必要があって、最初の1ヶ月は日に5回、そこから1ヶ月は日に4回、時間を守って点眼していた。保冷剤にはさんで目薬を持ち運び、家と会社では冷蔵庫に入れておくのが地味に大変だったけど、今回の診察でリンデロンとはおさらばだ。

この後は、リンデロンの1/3くらいの効きの目薬(フルメトロン)を日に4回さして、また1ヶ月後に診察に行く。たぶん、もう数ヶ月良好に進めば、通院は2ヶ月に1回ペースになり、目薬はドライアイを防ぐヒアレインというのに変わる見込み。それで1年かそこら、様子を見ていくことになる。

あとは再発防止策で、紫外線を避けた生活(ハット型の帽子、サングラスなど)はずっと続く。どこまでやるかは人それぞれだろうけど、私はもうあの手術は嫌なので、わりとこまめに装着している。日中に外で会うと、ずいぶんと野暮ったい人である。

これに今は防寒対策のニット帽とか、これからしばらくは風邪防止と花粉症対策のマスクが加わって、カバンにはいろんなものが入っている。さすがに帽子とサングラスとマスクの3つ装備だとだいぶ怪しいので、場所に合わせて2つまでに収まるようにしている。

屋内や地下鉄ではマスクのみ、表を走る電車や地下鉄でも外に出る区間はマスクとサングラス、外を歩くときは帽子とサングラスなど、なんやかんや小まめな入れ替えが必要になる。それでも、あの手術に比べたらなんてことはない。

もちろん人によって気になるポイントも環境も様々だから、これは一体験記に過ぎない。ただ、検索して訪れた人に、やっておいて良かったと思っていることは伝えないと、と思って書いた。わりに、関係ない話がだらだら続いてしまったけど。

これで、目の手術にまつわる話は終わりになるかな。ぜひとも、そうしたい。あとはプール通いを再開できたら、私的には通常モードに戻れる。リンデロンが終わったので、そろそろ再開だ。

2017-02-05

母の七回忌

もう丸6年も会っていないとは…。久しぶりにこの母の写真を見て、ぽろっとこぼれたのは、そんな思いだった。

この写真は、母が撮ってくれと言って、亡くなる1ヶ月前に私が撮った写真。新年明けて早々、2011年1月2日の彼女。年末に癌が見つかって、唐突な余命宣告から1週間も経っていない。

入院から数日で正月を迎え、元旦に病院の外泊許可がおりて、おうちに戻ってきた翌日のこと。彼女は洗面所でしっかりメイクをすると、写真を撮って!と笑顔でリビングに入ってきた。一瞬にして、遺影を…と察し、笑顔でうなずき引き受けた。そして、このひと月後に彼女は逝ってしまった。

今日は、母の七回忌法要だった。三回忌のときは、締めの挨拶を急にふられてお話ししたのだっけ。どんな挨拶をしたのか書き残してあるのを読み返すと、懐かしいと言えるくらいに時が経過していて驚く。

彼女に最後に会ってからは、もう丸6年か。こうやって振り返ると、そのすべてを時間という概念が呑み込んでいくように感じられる。私が抱えこんでいた彼女を失う苦しみも、当時はあんなに私を支配していたというのに、6年経って、穏やかで異質なものへと変わってしまった。

100年も経てば、たいがいのことは時間に呑み込まれてしまうのかもしれない。後に残されるものは、一個の人間が視界に収めるにはちょっと大きすぎる類いのものばかりなのかもしれない。

今日は、伯母夫婦や、いとこが子どもを連れて来てくれて、わいわいにぎやかに御斎の時間を過ごせた。

20年前の古いプリンタがうまく動かないんだけど、ストーブで温めると動くのよねぇとか、インターネットってピーヒョロヒョロってつなぐのでしょとか、ふぉーとうなってしまうおしゃべりも堪能できて、伯母たちの話に聴き入ってしまった。

伯母たち用に母の子ども時代のアルバムを、いとこ用に私たちが子ども時代のアルバムを厳選して持っていったのだけど、どのアルバムを持っていくか選ぶのに、実家で数十冊のアルバムをめくり、1時間たらずでやったものの、それもまた豊かな時間となった。

親戚で集う機会もなかなかなくなってしまったけれど、今日は久しぶりの面々に会えて尊い時間を過ごせた。親戚から母との思い出話を聴かせてもらう度、彼女のさりげない優しさに触れる。「思慮深く、人を大事にする」という彼女の当たり前を、静かに受け継いでいきたいと、その度思う。

2017-02-02

入れ替わる手段と目的

先日スマートニュースさんを訪問したときに、「みちくさ」(*1)という冊子をいただいた。2015年10月発行、非売品らしい。同社の皆さんが執筆陣で、01号では特集する「アラン・チューリング」の道しるべとして、独立研究者の森田真生さんを迎えている。

表紙をめくると、スマートニュース代表取締役会長、鈴木健さんの「みちくさ」から文章が始まる。ここに、ごくりっとさせられる一節があった。

人生に目的があるならば、手段もあるはずである。普通の人はそう考える。だが、手段と目的が倒錯し混線するのも、また人間の生命たる所以である。

今の世の中、どちらかと言えば「それは手段と目的を取り違えてるよ!」と指摘したり、指摘されたりがポピュラーだ。ときに、誰からみても、どんな状況にあっても、手段と目的は入れ替わることがないと、普遍的な原理原則でもあるかのように”間違い”を指摘する声も聞かないではない。

確かに、ある組織、あるプロジェクトといった共通目的のもとに事をなす文脈においては、そういうことは言える。逆に言えば、そういう前提がないと複数の人が集まって事をなすときに皆が納得する結論の導きようがなく、チームワークが働かなくなってしまう。

ただ、そういう特定文脈を取っぱらって、ひとりの人間のもとに戻して考えてみたらどうかというと、わりと手段と目的って倒錯し混線しているものかもなって、ごくりっとした後、脱力した。

学校に行くのが目的、その手段として今この道を歩いている。会社に行くのが目的、その手段として今この電車に乗っている。知識を習得するのが目的、その手段として今この本を読んでいる。仕事で成果を上げるのが目的、その手段として今このスキルアップに励んでいる。相手との合意を取りつけるのが目的、そのために今この人と議論している。

特定文脈にのせて見れば、そりゃそうなのだけど、ひとりの人間の人生からみると、途中の道草や、電車に揺られている時間に意味を見出していたり、何かを知ること自体、何かができるようになること自体、何かを作り出すこと自体、人と議論したり話し合うこと自体を、成果がどうあれ楽しんでいることもあると思う。振り返ってみれば。

高い名声と報酬を得るために始めたことが、いつしか、それ自体を面白がる自分を作りだし、もっと突き詰めたくなって高い専門技能や矜持を育むことだってある。一方で、ただ面白いと思ってやり続けてきたこと、作りこんできたものが、匠の技として高い名声や報酬につながることもある。

手段と目的は、ある枠組みを取っぱらえば、ひとりの人間の中で、わりと倒錯し混線するものなんじゃないか。特定文脈という枠組みを無視して、誰にでも、どんな状況にも通用する固定的な「手段と目的の分別」があると信じ、それを誰かれ構わず、所構わず人に強いて、自分と合致しない人を馬鹿にするような態度は、それこそ偏狭で滑稽な感じがしてくるのだった。

振り返れば、人生の美しい瞬間は、学校にまっすぐ行くつもりが蝶と花に心を奪われた、あの道草にあったと懐古する人は多い。道草は余計なものではなく、人生そのものであったと気づくのは、常に後からと決まっている。

ここだけ取り出して引くと、ちょっとキザかもしれないけど、「手段と目的が倒錯し、混線する」具合を、自分にしても、人のそれにしても、丁寧にみてとる気持ちは大事にしたい。

先日、友人らが話しているPodcastを聴いていたら、年配者が若い人に仕事を教えようとするも、どうもうまくいかないっていう話が出てきたんだけど、これはいろんな業界にある気がしている。そこで私たちが(年配者側として)できることは、ひとつに「それの面白さを魅せること」なんだろうなって思う。

やって魅せる、やらせて魅せる、語って魅せる、いろいろあるけれど、そのいろいろをそばでやり続けている先輩が身近にいる環境で育まれるものって、きっと大きいだろうと思う。それが一番実現しやすいのは、毎日通う職場だ。

憶測で世代論めいたことを言うのは健全ではないけれど、試しに言っちゃうと、今の若い世代というのは、自分たち世代と比べて、より効率化が目的化されたガチガチの世の中を生きてきた感がある。効率的なことが良いこと、これよりあっちのほうが効率的だから正しいというのを、幼少期からいろいろと耳目に触れる時代に生きてきたのではないか。

そういう世の中で育ってきて社会に出た今、まず触れたらいいのは、ずっと手段と言われてきたものを目的とみたり、ずっと目的と言われてきたものを手段とみたり、自分の中の倒錯やら混線した状態にはまることなのかもなぁとか、ぼんやり思う。

もちろん、そんな行ったり来たりを、私なんかよりずっと前から存分に楽しんできた若い人もごまんといると思う。でも、もしそうでない若者がいるなら、先輩は、こうやってやると効率的だよって指導ばかりではなくて、こうやったりするのが自分は面白いんだとか、こういうところに自分はこだわりたいんだってことを魅せていくのが大事なんじゃないかなぁと思う。

私の周囲には、作るのが楽しい、インターネットは素晴らしい、人と議論するのが大好きだという同世代や先輩がたくさんいる。こういうものが若い世代にシェアできたら、それが一番じゃないかなぁと。少なくとも若いときに私を育んだ最たるは、そういう先輩や職場環境だった。まぁ、だから別に世代論じゃないか。世代を超えて共有価値をあることって、そういうことかなぁと思う。

なんだか、どこに向かって何を書いているのかわからなくなってしまった道草語り…。

*1: スマートニュース「みちくさ」

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