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2016-11-28

推し本を語らう会

先日、友人が企画した「第0回 東京読書サミット」(*1)に参加してきた。本好きだから参加してみたらどう?と誘ってくれて、出不精の私を表に連れ出してくれた友に感謝。趣向を凝らした、とても楽しいイベントだった。

参加を終えて一番に思ったのは、「本を読み返す」という本とのつきあい方を大事にしようってことだ。本を読むのが遅いこともあって、仕事本以外はどうも、読み返すよりは新しい本に手を出しがちだったんだけど、参加した皆さんの丁寧な本とのつきあい方に触れて、手もとの本を読み返す豊かさを大事にしたいと思った。「この本はこれまで3回読んでいて、1回目は…、2回目は…、3回目は…」というのを何度か聴いたのだ。読み返すごとに受け取り方が変わるのも本の魅力だよなぁと、気持ちを新たにする機会となった。

しかし、どのタイミングをつかまえて、本を読み返すのか。仕事本だと、直面した案件をきっかけに思い出して手に取ることはままある。哲学書もわりとあるけど、小説となるとなかなか機会がない。そうこうしているうち、本棚の奥へ埋もれていってしまう。一つの棚の上に「手前」と「奥」を作って二重に並べだしたらもう終わりだ…。電子書籍も、やはり物理的に迫ってこないので難しい。手にとってみるきっかけが、自分の脳内から「そういえば…」と発動できるようになりたい。あとはきっと、豊かな時間感覚、というか1日24時間という枠組みから解放された感覚かなぁ。

それにしたって、魅力的な本は世の中にたくさんあって、この本いいよってお薦め情報も続々と入ってくる。これはもう、今だと思うタイミングで気分の乗っているときに、それを読んでしまうのが一番なんだろうと思う。そう思って、今回ゲストトークでお話しくださったスマートニュース執行役員の藤村厚夫さんの推し本(私の人生にとって大事な本)、太宰治の「家庭の幸福」も、短編だったので早速翌日に「青空文庫」で読んでみた。

ここ10年くらいで圧倒的に増えた行動の一つは、人に薦められた本を読むことだなぁと思う。魅力的な読み手の魅力的な紹介にひかれて、本を手にとり、小さな自分のうちに新しい扉を開いていく。

グループに分かれて自分の推し本を紹介しあう時間も楽しかった。それぞれに、その本から何を受け取って、どう自分を変えたのかを聴けて、いろいろその場で質問もできて。「推し本について話す」ことを媒介にすることで、短時間ながら初対面の人とも一気に深いところへ潜っていけるものだなと思った。

私も自分の推し本を持っていったのだけど、何を持っていくかはけっこう考えた。候補を挙げていったら30〜40冊くらいに膨らんでしまったので、これでは埒が明かないと、今一度「持ってきて」と言われている本のテーマに立ち返ってみた。

そうだった、「私の人生を変えた本」だった。というので、本好きの間では好き嫌いが分かれる作家だけど、村上春樹さんの本を持っていった。村上春樹といっても小説ではなくて、次の5セット。

「そうだ、村上さんに聞いてみよう」と世間の人々が村上春樹にとりあえずぶっつける282の大疑問に果たして村上さんはちゃんと答えられるのか?

「これだけは、村上さんに言っておこう」と世間の人々が村上春樹にとりあえずぶっつける330の質問に果たして村上さんはちゃんと答えられるのか?
「ひとつ、村上さんでやってみるか」と世間の人々が村上春樹にとりあえずぶっつける490の質問に果たして村上さんはちゃんと答えられるのか?
CD-ROM版 村上朝日堂 夢のサーフシティー
CD-ROM版 村上朝日堂 スメルジャコフ対織田信長家臣団

90年代から何度か、村上さんはホームページをもって読者の質問に答えるコーナーを持っていて、そのやりとりの一部をまとめたのが上3冊、あわせて1,102の問答。ホームページ上でのやりとり全部をまとめたのは、下のCD-ROM付きの2冊に入っている。ちなみに、対応OSはWindows95、Macは漢字Talk7.1、対応ブラウザはInternet Explorer3.0-4.0、Netscape Navigator3.0-4.0。挿絵は、安西水丸さん。いずれも朝日新聞社より。

これを読んだのは、自分が20代のとき。村上春樹というと、私は小説世界より、これらの本やエッセイに学んだところが多い。何かはっとさせられることが書いてあるというよりは、自分が10代からずっとおぼろげに育んできた価値観が、そこに言語化されて書かれていたという感じ。私の中では、言葉にできるほど意識化できていなかったものの見方、ことの捉え方というものを、あれこれの問答を通して、私に意識化させてくれた本が、この3巻だ。私の幼い思考を養い、自分はこういうことを大事だと思う人間なのかと意識化させてくれた、私の意識領域を拡げてくれた本と言える。

だから面白いことに、今回この本を持っていこうと決めたところで、本に折り目のついているところをざざっと読み返してみたのだけど、今読んでみると自分にとってすごく当たり前の、自然なことばかりだった。今となると、自分も言葉にして言い表せるくらい、私はもうそれを自分のものとして血肉化してしまっている感じがした。だから、これを通読することはもうないかもしれないけど、改めて20代の頃に読めてよかったなぁと思った。

もちろん、全部が全部意見が一致しているわけじゃなくて、ここは意見が食い違うなと思うこともある。だけど、物事をどんなふうに捉えて、どっちの方角に深掘りしていくのかとか、どこに相談者の死角となっていそうな一点を仮説だてるのかとか、思考の深掘り方を見せてもらうことができる。また、それをこの感じの質問者にどう伝えるのかという表現力にも触れることができる。

質問・相談コンテンツというのは、書き手がそれをどんな問題として捉えて、どう打ち返すかというエンターテインメントであり、回答のアプローチの多様さだけとっても面白い。真面目に語ったり適当だったり、慎重だったりゆるふわだったり、優しかったり厳しかったり、思慮深かったり強気だったり、寛容だったり偏屈だったり。全部の回答に一貫して寛容だったり、偏屈であるよりも、私はひとりの人間の回答から多様性が感じられるほうが人間らしくて嘘がない感じがして好きだ。

そういうものを千単位で受け取っていると、ひとりの人間の中に矛盾があることのほうが自然に感じられてくる。そのうち、自分の中にある矛盾も、身の周りの人の矛盾も、世の中に存在する二律背反も、当たり前のものとして受け入れられるようになっている。ひとりの人間の中にも、一貫性をもちたい意志と、多様性を自然とする性質が同居していて、その矛盾を生きながら、あっちゃこっちゃしている人間らしさを、私は愛おしいと思うのだ。そのぶつかりをどうにかしようとして、人が創造したり、人に優しくなったり、何かに立ち向かおうとしたりするのが好きだ。

本の厚みは、こうした人の多様性を包み込んで読者に届けられるのも良い。太宰治の「家庭の幸福」を読んでも、そう思った。矛盾した個体として、矛盾を抱えた世界に生きているのだから、そこから始めないとどうしようもないというふうに思える。

まとまりなく書き散らかしたけれど、すごく良い経験をさせてもらいました。ありがとうございました。

*1: 「読書するエンジニアの会」という読書会の有志によって企画されたもの。100回記念にイベントをうってみようというので、広く参加者を募集して開かれた。コンセプトは「読書をエンターテインメント化することを目指す」。通常の読書会含め、エンジニアではない参加者も多い。詳しくはこちら

2016-11-26

ついにミニコンポが壊れた

15年半使い続けたミニコンポが、ついに壊れてしまった。

いや、随分前から半壊ではあった。最初はリモコンがダメになり、でも本体で操作すれば問題ないなと受け流した。建物の関係でラジオの入りも悪かったけど、radikoもあるしPodcastもあるから、それはパソコンで聴けばいいよなと受け流した。CDの出し入れもぎこちなくなって時折開かなかったりしたけど、そうそうCDを出し入れすることもなくなり、だいたい音はパソコンかiPhoneから流すからなと受け流していた。

そうしてここ数年、ミニコンポはwifi経由でスピーカーとして使っていた。本体はパソコンやiPhoneから音をもらってスピーカーに渡すつなぎの役割を果たしていた(んだと思う)。

それがとうとう、スピーカーから音を出すこともできなくなってしまった。

取扱説明書を引っ張り出し、挟まっていたレシートを見ると、買ったのは2001年の春、金額は6万円弱。15年半使ったとなると一年あたりの使用料は3,900円足らず。もう十分に使ったということだろう、新調してもいい頃合いだ。

が、勝手がわからない。なにせ前に買ったのは15年前だし、そのときだって詳しくて信頼のおける人に言われるがまま選んだようなもの。そこからほとんどオーディオの知識は更新されていないし、時代は随分と進んでいる。

スピーカーは使えると思うので本体を替えればいいのかしら、Wi-fiとかBluetooth対応とかがチェックポイントかしら、量販店に行く前にいくらかネットで調べてみようかしらとパソコンに向かうも、「価格コム オーディオ」くらいしか検索ワードを打ち込めない…。そして検索結果に「価格.com ネットワークオーディオプレーヤー」「価格.com デジタルオーディオプレーヤー」と並んだ時点で心が折れそうになる…。

この2つは親子関係じゃなくて、対等な関係として同列に並ぶものなのか…。デジタルはネットワーク未対応?まさか!ネットワークはデジタルでない?まさか!とすると、双方共通する要素をもちつつ、特出する何かが違うということか。ところで、このネットワークステレオレシーバーという新種はなんだ…。

まずは頭の中にオーディオ機器の概念マップを作りたいのだけど、何が一般的に流通している言葉で、何はそうでないのかの見分けがつかない。が、あれこれ調べるほどの熱量がわかない。しかし、概念マップがないと能率よく絞り込みができない。

勉強は後にして、とりあえず今気になるところを書き留めてみよう。この先15年使うとして…、CDプレイヤーはもうなくていいだろうか。っていうか私、スピーカーにさえつなげられたら本体機能は十分ってことなんだろうか。そんな気もする…。しかし本体のみを探し回ってごっつい顔つきのに怯えるくらいだったら、最初からミニコンポと決めてスピーカーも新調しちゃったほうが身の丈にあった買い物ができるのかも。できるだけコンパクトなのがいいしな。色はやっぱりシルバーがいいかな。15年くらいもってくれないと困るな。すぐ壊れると評判の悪いメーカーがあったら回避しなくては。本体だけで買うなら今のスピーカーと同じメーカーがいいな。それって、あんまり関係ないのかな。

そんなメモを散らかしていると、頭の中も散らかるばかり。「これはココ、これはココ」と整理して分類する棚がほしいのだが。これは一旦おいておいて、もう少し視界が良くなってから改めて見直すことにしよう…。やはり、あんまりわけがわかっていない消費者は、まずは量販店に行くなりして、わけわかっている人に相談したほうが易しいということだろう。うむ。

こうした、「これと決まったらすぐにでも買っちゃう所にいるんだけど、いまいち詳しくなくて、でもあれこれ調べる手間もかける気力がなくて立ち往生…」という素人をつかまえる工夫の余地が、ネット界隈にもまだ多分に残されているのだろうと、自分の怠惰を棚に上げて未開の地に思いを馳せる。

2016-11-25

研修で学んだスキルを仕事で適用した人は何%か

11/22(火)に開催された「ATD 2016 JAPAN SUMMIT」(*1)に参加。改めて意識したことは、もっと「研修」という前提から離れて、人材育成の施策を包括的に練って骨のある施策を提案できるようにならないとな、ということ。

次の図は以前、話の流れでクライアントに提示した資料の一部だけど、この研究成果を発表したBrinkerhoff教授が基調講演の話し手だった。

研修で学んだスキルを仕事で適用した人は何%?

研修で学んだスキルを仕事で適用した人は、適用した人が15%、適用しなかった人が20%、適用しようとしたけど元に戻った人が65%。結局のところ、研修で学んだスキルを仕事に適用していない人が85%。

ちなみに、これは単純化した数字であって、技術スキルのトレーニングを受けた場合は適用した人はもっと多く、マネジメント系の研修だともっと低かったり。もちろん学習テーマによらず、研修のやり方によっても数字は変わる。

私は、クライアントから人材育成(主に研修)の相談をもらって、それをオーダーメイドで作って納めるという受託サービスを行っているのだけど、社内外で受ける相談の中には、「その問題の解決策を“研修”と決めてかかるのは早計では?」と思われるケースがある。

なぜ、こうしたことが起こるかという理由の一つが、「スタッフのパフォーマンスが低いのは、スタッフの能力が低いからだ」と、自動的に問題の要因を決めてかかってしまっているから。

「スタッフの能力は十分すぎて余りある」ということも、まぁあまりないわけで、ゆえに要因分析を挟まず、手っ取り早く解決策を指し示せる「研修」に頭がいく。

じゃあそれで、何を研修したらいいのかと分析にかかっても、「どれくらい何が足りないのか」という質問にはうまく答えられない。そういう場合には、今一度、何が問題になっているのかを「スタッフの能力」から離れて考えてみる必要がある。

「研修」も複合策の一つに加えるとしても、どういう問題の構造をしているから、どういう順序で施策を打って検証して様子をみていく必要があるか、その辺りを整理してかからないと、施策全体がうまく連携せず、施策がちぐはぐで合理性を欠いてしまう。

研修で学んだスキルを仕事で適用せずじまいになるのは、現場の業務環境(研修中ではなく、研修の前・後)に多く影響を受けている。上司が研修内容や目的を理解していない、学んだことを現場で使うよう促したり、そういう機会提供をしていない、本人も上司も研修はただの福利厚生だと捉えているような場合、やっても目覚ましい効果は得られない。

「研修」そのものの作り込みも引き続き大事にしたいし、その部分での責任逃れのような考えは一切持たずに取り組みたい。けれど、もっと包括的な仕組みづくり、実際的に役立つ人材育成の提案・提供ができる力を鍛え上げていきたいと、改めて認識する機会になった。言うは易し、本当に腰を据えてやっていかないといけない環境作りも多いだろうけど、できるところからやって、できるところを広げていきたい。

*1: ATDは世界最大規模の人材開発系の協会で、今回のイベントはATDが日経BP社とともに日本で開催する年1回のカンファレンス。詳細はこちら

2016-11-24

編集者は足を使う

TOKYO WORK DESIGN WEEK 2016 #TWDW2016 (*1)の「リーダーには編集力が必要だ。」に参加した感想メモ。

登壇した練達の編集者お三方、お話の中で用いる言葉の選び方や紡ぎ方が研ぎ澄まされていて、「地味にすごい」という印象と敬服の念を持ち帰ってきた。派手なパフォーマンスがあるわけでもなく、話すテーマを細かく決めてあるわけでもなく、3人軒先に腰かけてラフに話し合っているふうなのに濃いぃというおしゃべりに聴き入った。

「編集は社会の解像度を上げる」だったかな、そんな言い回しもあったけど、まさにその場で発せられる言葉の解像度が高くて恐れ入った。世界の見え方は一様でなく、同じ世界をみているようでも、人によって大いに見えている世界の精細さは違うのだと目の前で突きつけられるようでもあった。自分より高精細な人がわんさかいるのは知っているけど、目の前で濃厚にやられると新鮮な意味をもつものだ。

編集者というのは、「どうそれを捉えるのか」って枠組みとか、「どこからそれを捉えるのか」って立脚点とかを、自分でしつらえる人って感じだな。「それ」を作り出す人や自然に対して敬意を払いつつ、「それ」を丁寧に受け取って、「それ」の捉え方にこだわる人。

たとえ人から見方を与えられたとしても、「それも一つの見方だ」と、その見方すら一つの素材として受け取って、他の見方を模索しだす。自分のなかに取りこむ前に「それ」の捉え方を吟味する過程をたどらないと、どうもしっくりいかない。全部が全部じゃないだろうけど。

そう勝手に見立てると、私は「それ」の捉え方にこだわって編集するところに軸足をおくようにして生きているので、職業は違えど、編集者という仕事にすごくシンパシーを感じるのだった。

お話を伺っていると、いろんな素材に直接触れに行っているのが、よく伝わってきた。現地に行く、現地を歩いて観る、人の話を聴く、足を使ってたくさん素材を集めているのが、登壇者の編集力を下支えしているように感じられた。

編集寄りの性向をもつ人間というのはだいたい、手元に素材がたくさん集まってくれば、自動的に整理したくなるものだ。それを抽象レイヤーに引き上げて分類したり階層分けしたり、そこにラベルをつけてみたりしたくなる。そうやって意味づけし、新しい価値づくりの再定義や再構築に動き出す。これを伝えたい人にどう伝えたらいいだろうと方法を練る。

そう考えると、何より意識的にやるべきは、どれだけいろんな素材に直接触れるべく能動的に動けるかってことかなぁと思った。自分が出不精だからこそ、不足点をそこに見出したのかもしれない。人によって、どこが自動的に走り、どこを意識的に走らせるべきかは違うのかもしれないけど…。

編集力を鍛えるとか、ものの捉え方を研ぎ澄ますとかって考えると、立脚点の置き方、枠組みの与え方をどう洗練させるか…みたいなことを机上で追いがちになるけど、ある程度机上で型を覚えたら、あとは実践と振り返りを通じて、時間をかけて伸ばしていくものだろうな。最近の仕事領域の広がりを考えると、型は型で、机上でも勉強しないとなって宿題がいろいろ山積みなのだけど。

ともあれ、オフのときにも意識的に心がけるべきは、いろんな素材に直接触れることなんだろうと思う機会をいただいた。その過程で、おそらく偶発的な出会いも出てくる。そうやって、表に出て行って、素材をみる目を広げて養っていくことが、自分にはもうちょっと必要なんだろうなぁと思った。

今回のテーマ「リーダーには編集力が必要だ。」は、終始あまり意識せずにお話を伺ったのだけど…、リーダー寄りの話では、

速く行きたければ一人で行け、遠くに行きたければみんなで行け(Fast alone, far together.)

というアフリカのことわざは、うまいこと言うものだなぁと心に残った。

紹介してくれた江口晋太朗さん、これは「あとに一人の足跡を残すのか、みんなが行ける道路を残すのか」というふうに言い換えて、言葉を解いていた。また、「みんな」というのは、何百人とかの数字で捉えて済むものではなくて、それぞれに名前があって人生があって志向や性格がある。その十人十色を前提に、丁寧に進めていく必要がある。こうした話を大事に話されていたのが印象的。

編集者に限らず、編集力を発揮するにはリーダーシップは必須だし、リーダーに限らず、リーダーシップを発揮するには編集力が必要だと思う。

*1: 2013年より毎年11月の「勤労感謝の日」にあわせて、渋谷の街を中心に7日間にわたって開催する国内初の“働き方の祭典”。過去3回で累計1万人を動員。企画運営は「& Co.,Ltd」。詳細はこちら

2016-11-20

客に合わせて棚を分ける

風邪っぴきで鼻がグズグズ、ポケットティッシュの消費が半端なかった数日前、ドラッグストアに入ってポケットティッシュのまとめ売りを探すも、どこを探しても見当たらない。

風邪対策っぽいところ、日用雑貨っぽいところ、化粧品っぽいところ、どこにもないのでスタート地点に戻って入口から店内を全コーナー見てまわり、見落としがあったかと二周目をまわってみるも、やっぱりない。

仕方なしと降参、棚周りに店員さんが見当たらないのでレジ待ちして尋ねたら、あっさり見つかった。レジ前にあったのだ。お会計するところの真下の棚。

レジ周りって、レジ待ちしているときに視界に入るので、ついで買いにはいいけれど、それ目的で訪れたときには毎度見落としてしまう。店員さんに訊いて「あぁここに!」ということもあれば、あきらめて他の買い物だけしようとレジに並んだところで「あぁここに!」と気づくこともあるが、あきらめて他のお店に流れたことも何度となくあると思う。

今回のようにレジ下ってことだと、全然目につかないので、ポケットティッシュは街中で配っているし、そんなに売れないから、あえて死角に置いていたのかもしれないんだけど。

閑話休題、この「レジ周りの商品が目につかなくて、それ目的で行った客は非常に困る」問題が、どれくらい一般的な問題かはわからないんだけど、どうにかならないものかしら。

と考えてぱっと思いついたのは、たとえついで買いを狙ってレジ周りに置くとしても、それとは別に、その商品のカテゴリーとして普通にあるべきコーナーにも置く、それぞれの客に対応させて両方に設置してくれたらいいのでは?という策。他力頼み…。

こりゃ素人考えなのだろうか。そんなに悠長には棚を使えないのだよとかあるのかな。置き場が分散すると、どうも締まりが悪いということなのか、在庫管理に何か支障があるのか。

でも、商品をまとめて置くより、商品が二箇所に分散しても客層に合わせて置き場所をそれぞれに用意したほうが売れやすいのではないのかしら。

よく使うスーパーでも、お弁当やお惣菜は1階で売っていて、調理してから食べる生鮮食品などは2階で売っているところがあるんだけど、そこも同じように気になっているヨーグルト問題がある。

2階には、家庭でよく飲む牛乳とかジュースの紙パックと並んでヨーグルトが置いてある。家庭用の大ぶりのも、一食に添える小ぶりのも、まとめて置いてあるんだけど、この小ぶりのヨーグルト、いくらかでも1階のお惣菜コーナーに置いたら、けっこう売れると思うんだよなぁ。自分なら買うってだけの根拠だけど…。でもお昼や夕食を買うのに1階の調理済みお惣菜コーナーだけ使っている買い物客もそこそこいそうなのだ。

店内の商品棚は、バックヤードと違って、商品をまとめて管理するためじゃなくて、商品をいろんな人に売るために置いているのだから、いろんな客層、購買機会にあわせてもうちょっと置き場を分散することに前向きになって一考してみてもいい気がするんだけども。何かものすごい非効率でも抱え込んでしまうのだろうか。

2016-11-19

個人的ブログ観

徳力基彦さんの「LINEブログがあまりに使いやすいので、なんかブログの楽しさを思い出してきた件について。」を読んで、むしろ私は「ブログ」にコミュニティという明確な線引きをするような機能を求めていないことに気づいた。

ブログという概念、あるいは自分が書く対象としてのブログについての話なので、ブログ×コミュニティを体現するLINE BLOG、Medium、noteといったサービスの価値を否定する気は毛頭ない。それはそれで(従来のブログとは別の)新しい価値をもったサービスだと受け止めている。

ただ個人的には、ブログとコミュニティとは、それぞれ別の概念として、それぞれを体現するサービスを使って、あくまで別物として連携させているくらいの関わりがフィット感ある。

私もブログを書いたときにはFacebook、Twitter、Google+にお知らせしているし、そこから友人・知人が読みに来てくれるのは、とても嬉しい。

一方で、GoogleやYahoo!を通じて「目の手術 怖い」とか「立川談志」とか「京都 前世」とか「余命宣告 かける言葉」とか「メディオーラ 歯ブラシ」とか「ブログ 電気毛布」とかで検索してやってきて、その1ページを読んで、ブログを後にしていく人たちもたくさんいて、それはそれでインターネットだなぁって感じられていいのだ。それが、私にとって自然な感じである。私もいろんな人のブログをそんなふうに読ませてもらっていることは日常的にあるし。

これまでそういうふうにサービスを使ってきたから慣れの問題でしょと言われれば、現時点でそれを否定する根拠はもたない。

ただ、なんとなく自分が書き手として触っているブログは、「ネットという大海原にぽかんと浮かんでいて、何のコミュニティからも独立しているフィードの束」くらいの感じがいいんだよなと思っていることを、これを読んで再確認した。

これは、おばちゃん化症状なのだろうか。その懐疑心も捨てないで定点観測を続けたいところだけど、基本は何でもかんでもコミュニティ化しないで、インターネットそのものの価値純度が高い世界に触れている日常も、自分のなかに残しておきたいってな感覚じゃないかと、今のところ腹のうちでは思っている。ブログ×コミュニティに全体が移行していくのではなくて、従来のブログのあり方(言わばブログ×インターネット規模のコミュニティ)も共存して、選べたり使い分けたりできる状態が続いていくと嬉しい。

「講演」の過小評価

これを書こうとして筆を執ったというのに、昨日は結局、それ以外の話を書き連ねて終わってしまった。これを書く前に書き起こしておかないと先に進めないという思いの丈が噴出、長々としたためているうちに夜更けを迎えていた。でも私には、書かないとたどりつけない場所というのが多いので致し方あるまい。

それで本題というのは、自分は講演者が果たす役割の責任逃れで、「講演」という枠組みを過小評価していたんではないか?という気づきについてだ。

私は日頃、講師の話を聴くだけで終わらない複合的なアプローチで学習の場を設計するよう心がけ、そういう組み立てを専門にしているので(って全然言い訳にはならないが)、「講義形式」が単体で果たしている役割について軽視していたところがあったのではないか、と思った。

実際には、講義形式だけでほぼほぼ展開する研修プログラムでも、受講者をおおいに引き込んで後に学びを残していく講師の方とのつきあいもあり、現場に立ち会うたび敬服し、こういうことができる人がいるのだとは知っていた。ただ、それは特別な能力をもっている人ができるものとして見ていたんだと思う。

だけど、自分が講演をする立場になり、登壇1週間前に「TED TALKS」(*1)のこの一節を読んだとき、はっとさせられた。それは、「有能な講演者」が成せる技ではなく、「講演そのもの」に期待される役割なり価値として考え直す機会になった。

講演者のいちばんの使命は、自分が心の底から大切にしている「なにか」を取り出して、聞き手の心の中にそれをもう一度築き上げることだ。その「なにか」を、僕らはアイデアと呼ぶ。人々が拠りどころにし、持ち帰り、価値を見出し、ある意味で人生を変えるような概念だ。

自分は、講演が果たす役割、講演が引き受けられる責任範囲を過小評価することで、講演者として自分が果たすべき責任逃れをしていなかったか、と反省した。

「TED」といったら、素晴らしい講演者が前に立って、見事なプレゼンを披露するというイメージだけど、それは有能な講演者が選出され、有能でない講演者が選考時点で落とされているからだ(その上で、もちろん素晴らしいアイデアの持ち主が選ばれる)と、これを読む前はそんなふうに捉えていたんだと思う。そうやって、自分は後者側であるというふうに位置づけて責任逃れをしていたんじゃないか。

この一節を読んで、「人が講演を通して、人に何かを伝える」ということの意味を、一から考え直すことができた。人は講演を通じて、聞き手の心の中にアイデアを植え付ける。「植え付ける」なんていうと偉そうだけど、だからこそ本当に自分が大事だと思っているもの、自分の人生の時間をおおいに使って大事にしてきたものでないと、薄っぺらくて、コーティングすればするほど嫌らしいものにしかならない。それでは聴いてくれる人に失礼だし、自分もそんなことはしたくない。

アイデアとは、聴く前と後で「世界の見方を変えてくれるもの」とある。講演という形式ではないけれど、私はまさしく、これを読む前と後で、著者のアイデアの共有によって世界の見方を変えることができた。

そういう前提に立って、自分が何をしにいくのかという役割をシンプルに位置づけ直せたら、用意していたスライドのいらないものがぼろぼろと浮き彫りになってきて、焦点が定まり、構成をえいっと見直すことができた。

自分や会社のことを語る要素は、必要最低限まで削った。別に権威づけしたくて入れていたわけじゃない、逆に自信の無さから過剰に付けていたことを自覚したのだ。

初対面相手で、まずは関係づくりをしなきゃいけないから、参加者と自分の共通点は時間を割いて話したほうがいいのではないかと考えて、当初は会社関連の情報を、これまでした講演にはない量で入れていた。

でも、限られた時間に、本当に自分が大事にしてきて、今回お話しする皆さんにはこういうことを共有したいと思うことを話すとなったら、そんなことに多くを割いている場合ではなかった。そう思って、ばさばさ切り捨てた。話したいメッセージを軸にして、それがうまく伝わるために必要な文脈、下地づくり、遊び…と、全体を見直した。

これが登壇1週間前。ここで一気に贅肉がとれた頭になれて、あとは(風邪ひき以外)すごく身軽になってシンプルに、自分のまま舞台にあがって素で話したいことを話したらいいのだという気持ちになれた。

「TED TALKS」は事前に読めて、本当によかった。言葉の力にも、改めて思いを馳せた。

コミュニケーションの中で言葉によって伝わるのはわずか7%だが、声のトーンで38%、ボディランゲージで55%が伝わる

というアルバート・メヒラビアン教授の発見(1967年)を誤解して引き合いに出す人もいるとあって、こう言葉の力を述べている。

彼の実験は、人の「感情」がどのように伝わるかを調べるものだった。たとえば、だれかが「いいね」と言うときに、怒った声で言うのか、脅かすようなボディランゲージで見せるかで、どう違うかをテストしていた。この場合は当然、言葉はあまり関係ない。それをスピーチ全体に当てはめるのは、馬鹿げている

声の調子やボディランゲージの効果も否定しない。でも、

トークの本質は、言葉にかかっている。ストーリーを語るのも、アイデアをつくり上げるのも、複雑なことを説明するのも、論理を主張するのも、行動に訴えるのも、言葉だ。

これも私の心をすごくシンプルにしてくれた。伝える言葉をじっくり事前に考えて行けば、人前で話すのが不慣れでも、聴く人にしっかり届けることはできるのではないかと勇気づけられた。

自分に自信がなくてもいいのだ。自分が大事にしていることが、本当に大切なことだという自信があれば、自分に自信があるかどうかは関係ない。自分の人格なり、話す能力の高低は、この段になっては関係ないのだ。事前にできるかぎりの準備をして、今自分ができるやり方でやればいいんである。その準備に、有能な人の100倍の時間がかかろうと構わない。そういう四苦八苦の中で、能力を鍛えられるというものだろう。

という所に立てて、すっきり。身軽。すがすがしい。

*1: クリス・アンダーソン (著), 関 美和 (翻訳)「TED TALKS スーパープレゼンを学ぶTED公式ガイド」(日経BP社)

2016-11-18

講演の心配ごとと顛末

昨日の木曜日、とある会社の全社イベント内で30分ほど講演するという大仕事を終えた。半年以上前からお声がけいただいていたもので、会場は都内の立派なホール、300人ほどを前に30分間、「ためになる小噺」を披露するというもの。身に余る大役だったけれど、どうにか無事に話し終えて、直後に10人くらいに感想を聴いたかぎりでは、うまく受けとってもらえたようだったので、ひとまず、ものすごーくほっとして帰途についた。

今回の講演は、何層にも重なる心配ごとがあった。一つは、自分が準備した話が、本当に今回の参加者にとって「ためになる小噺」に仕上がっているのかという内容の問題。この案件をもって強く意識したことなのだけど、私の仕事は長いこと「流通より制作側」「商人より職人」の皆さんとの関わりに偏ってきた。今回「前者」側の皆さんにお話しするとあって、なんかしっくりこない…といったことを無意識にやりかねない自分、それをまたうまく自己評価して修正できないだろう不安をずっと抱えていた。そのあたりは、できるだけ主催する企画側の人たちにお話を伺ったりしながら準備をしてフィットさせるよう努めてきたのだけど、それが奏功してまずまずうまくいったのかなと。一息ついて、企画・運営を支えてくださった方々には、改めて心から感謝の念を抱いた。

また不安の一つは、その内容を壇上で時間内に自分がうまく伝えられるのかという問題。初対面の人たちを前に、それも社内のイベントに乗り込んでいって、ひとり「外の人」として話をする。30分で、関係を作って、自分が大事に思っていて皆さんと共有したいことを、自分の言葉できちんと、わかりやすく、意味と熱をもって伝えることができるのだろうかと。

登壇の場数は決して多いとは言えず、そもそも自分がどれくらい緊張するのかも読めない。どこかでぽんと頭が真っ白になってしまう恐れも抱えていて気が気でなかった。で、一応困ったときのあんちょこメモというのを紙で出力して、演台まで持っていった。本当に困って、最悪どうしようもないときには、1分止まるより、これに頼るほうがまだましだろうと。

結局、意識は正常を保ち、頭はそこそこ冷静だったので、概ね考えていた通りに話せて、時間もちょうどに収まった(緊張の表れは手汗に出て、手は口ほどに物を言う…と思った)。客席がよく見える落ち着いた照明にしてくれていたし、客席の皆さんも最初から声を出して挨拶を返してくれたり、挙手アンケートに協力くださったり、話している間も笑ってくれたり、うなずいてくれる人、目をあわせてくれる人、メモを取ってくれる人とあり、ものすごく話し手に優しい素敵な人たちだったのだ。そういうコミュニケーションに大いに救われ支えられて話をすることができた。なんか、これもまた、改めて振り返ってみて、感謝、感謝なのだった。

最も情けない、しかしこれが万全でなければどうしようもないというのが健康問題だった。実は1週間ほど前に風邪をひいてしまい、よりにもよって講演当日は喉がやられていた。ここ1週間は、だいぶ家に引きこもって熱心に寝ていたのだけど、必死に療養にあたっても一向に治る気配がない。

講演当日の朝、まずコンビニの店員さんに返そうとした声がうまく音にならず、う、うわわ…、これはまずいと焦った。「う、うんっ」と咳払いして、改めて「はいっ」と大きな声を試みる。コンビニのレジ会話に似つかわしくない威勢のよい声が出て、う、まぁ、出ないことはないっぽいと胸をなでおろすも、ものすっごいかすれまくっていて、またびびる。これはまずい。

しばらく声を出していなかったから出し慣れていなくてこうなのか、はたまた喉が絶不調まっただ中で声が出ないのか、しばらく出してみないことにはちょっとわからない。いずれにせよ今日は無理やりでも、一旦朝のうちに人と話して声を出すというのを取り戻さないとまずいなと思い、朝に立ち寄った会社で早朝出勤している同僚に、やたら大きな声で遠くから声をかけ「おはよーございますー」と挨拶して発声の具合をみるのにつきあってもらった。

やっぱりハスキーボイス。でも、今日お話を聴く方のほとんどは私の平常時の声を知らないわけだから、私がもともとハスキーボイスなんだということにしてしまえば問題ないのではないか…と思い至る。

問題は咳だ。数日前から声を出そうとすると咳が出たので、喉を痛めてしまってはまずいと思って、ほとんど声を出していなかった。講演の練習で、ぼそぼそとベッドの中でつぶやいたりしていると、少ししたところで喉がいがらっぽくなりゲホゲホ言い出して止まらなくなったりしていた。これが壇上で起こったら、もう最悪である。

花粉症の薬「アレグラ」の取説に「副作用:悪夢」と見て以来、西洋薬に拒否反応が出るようになってしまったのだけど、当日はもう仕方ないので西洋薬に恐る恐る手を出して「ベンザブロック咳止め錠」を朝、昼と2回飲んだ(遅い…)。あとは、のど飴を1時間おきくらいに一粒なめ、イベントの休憩時間ごとに水を含んでのどを潤し、夕方の講演本番まで、あとは神頼みするほかなかった。

で、結局本番で咳き込むことはなく、マイクがしっかり会場内に声を届けてくれたので、無理なくお話しすることができた。いやぁ、良かった…。後にも先にも、これほどの大舞台で表に立つことはないだろうというのに、なんというぎりぎりなコンディション…。本当に情けない。

話しだすと、もう本当にあっという間で、気がついたら終わっていた。やっぱり全然冷静に自己評価などできず、実際どうだったんだろう…と思いながら、お辞儀をして、拍手をいただき、中央で花束を頂戴して、壇上から降り、諸々荷物をまとめて会場内の席に戻ろうとした。

そこに、その会社で仕事の打ち合わせをさせていただいている面識ある方々が、客席から出てきてくださっていた。顔をあわせると、すごく良かったとか、周囲もメモを取っていたとか、いくつか感想を聴かせてくださって。な、、なんてありがたい人たちなのか。すでに私を知っている方々なので、他の方々より好意的に話を受け取ってくださる可能性が高いとはわきまえつつも、それはそれとして、もうこの心配りだけで白米三杯いけます!というくらいにありがたかった。

このお仕事は、普段裏方を専門とする私からするとたいそう不慣れな表の仕事で、準備過程から当日までたくさんの学びがあった。そして、ものすごーく感謝の気持ちに満たされたお仕事だった。というだけでなく、日が明けて振り返ってみると、講演の直後以上に、この仕事は私にとって独特のインパクトをもつ出来事になっていた。

ちょっと、変わりたいなぁと思うようになっていた。それがなんなのか、具体像はよくつかめていない。ただ、受託稼業の裏方とは別に、自分が大事にしているものを、自分の言葉でつかまえてみて、それを人に伝える表現にして共有を試みるという一連のチャレンジを、講師を介さず最後まで自分の素手でやり遂げるという内的エネルギー生成みたいな体験に感化されたのか…(わかりづらいが)。しばらく、ちぢこみすぎていたのかもしれない。そろそろ、ようやっと、喪が明けるのかもしれないなぁ、と。もう少しで七回忌(母の)なんだけど、時間のかかる者よ…。

今日は風邪で休みをもらったのだけど、主催者の皆さんへのお礼だけは今日のうちにメールでお送りしたいと思い、陽の高いうちに会社に行って、先方にメールを出してきた。今回の機会をくださった方々には、静かに熱く、心から感謝している。講演の中で熱まではうまく届けられなかった気がするけど、この体験を通して、自分が講演で話したことが、私が本当に大切にしていることなんだと思えて、それも良かった。

2016-11-06

荒井由実と松任谷由実

我が家には相変わらずテレビがなく、私はすっかりラジオ党だ。もう20年近くになろうか。しかも、ここ数年はAMラジオを好んで聴くようになった。朝はNHKラジオ、夜はTBSラジオ(「TBSラジオクラウド」で主に昼の番組を)が習慣化している。先日のプロ野球日本シリーズなんて連日にわたって手に汗握る試合展開だったので、“ながら聴き”を止めて真剣に聴き入ってしまい、さながら昭和時代の小三男子のようであった。

聴けば聴くほど、ラジオは自分の性に合うなぁとの思いが深まっていく。そんな折、なじみの「NHKマイあさラジオ」を聴いていると、「著者に聞きたい本のツボ」というコーナーで、ラジオの本が紹介されていた。文藝春秋をやめて2003年にフリーランスライターになった柳澤健さんが著した「1974年のサマークリスマス 林美雄とパックインミュージックの時代」(*1)。柳澤さんがどんな紹介をしていたかは忘れてしまったのだけど、これは読まねばと興味を覚え、早速買ってみた。

私は世代がずれていて『パックインミュージック』という番組を知らなかったのだけど、1970年代、一部の若者たちに熱狂的に支持されたTBSの深夜ラジオ番組。ニッポン放送でいったら『オールナイトニッポン』、文化放送でいったら「セイ!ヤング」に近いっぽい。そのパーソナリティを務めたのがTBSアナウンサーの林美雄さん。久米宏さんと同期。まだ無名だったユーミンやタモリも、この番組を足がかりに有名になったと言われる。林さんは「70年代のサブカルチャーを80年代にメインにした放送人」とも評される。

本の内容はラジオの話に留まらない。読み進めると、1970年の時代もようが、まるで映画化されて脳内に上映されているかのような感覚を覚える。当時の社会背景、映画・音楽・演劇といった文化のありよう、鬱屈したエネルギーを抱えこんだ若者たちの様子、アナウンサー林美雄という人物のもつ多面性が、いきいきと描かれている。自分はマニアではない、素晴らしい人たちの間をとりもつ媒介者である、といった林さんご自身の役割定義に共鳴しながら読んだ。

ユーミンの変容ぶりを、1970年代当時から、私が知るようになる1980年代へと、ひと連なりにして見られたのも興味深かった。

松任谷由実と荒井由実を、別と分けて語る人は少なくない。より正確にいうと、アルバム2枚目までと、3枚目以降ということになるのかもしれない。村上春樹も、初期の作品を愛する友人が、彼の作品は変わってしまったと残念がるのを聞くことがある。

私はポンコツなので、そのあたりの作品性の機微に疎い。どちらかといえば、そうした違いを切実に感じて、一方を愛し、一方を拒絶せざるをえない人たちの心もようのほうに興味を覚える。そこにはどんな繊細さがひそんでいるのだろう、両者を分かつ言葉を欲しくなる。聴き手は荒井由実の歌を聴き、自身の心に何を見出したのか。アルバム3枚目以降に、損なわれたものとは何だったのか。投影先の作品より、投影元の聴き手の心のほうへ視線が向き、それをこそ知りたくなる。この本は、そこに迫る本でもあった。

一方で、ユーミン側の視点が言葉に起こされているのにも惹かれた。ユーミンのデビューアルバム『ひこうき雲』に収録された曲は、すべて彼女が16歳までに書いたものだという。セカンドアルバム『MISSLIM』の収録曲の多くもまた、10代に書いたもの。2枚のアルバムを作り終えて、曲のストックは尽きた。

松任谷由実は1990年1月号の「月刊カドカワ」で、こんなふうに語っている。

「やさしさに包まれたなら」(注・『MISSLIM』収録)という曲は、自分でいうのも変なんですけど、すごく特殊な歌で、もう書けないな、っていうものなんです。インスピレーションというか、今、振り返ると、何であんなことを書けたんだろう、と思うような内容で。(中略)荒井由実のころって、私はほんとうにインスピレーションで、というかインスピレーションというものがあるということも意識せずに書いていた時期があるんです。そうしたら、いつしかそれができなくなった。これはもう、自分で書いて書いて見つけるしかないなって気持ちで……

そうしてポップでキャッチーな方向に路線変更し、作品を量産。そのスタートが「ルージュの伝言」であり、サードアルバム『COBALT HOUR』だったという。そこからの活躍は、私と同世代かそれ以上なら、多くの人が知るところ。

彼女のアルバムの2枚目までと3枚目以降を聞き分けられること、分けずにはいられない繊細さに、憧れがないわけじゃない。私はその人たちより、ある意味では劣位なのだと思う。ただ見方を変えれば(脳天気に受け止めるなら)、そのポンコツに意味を与えることもできる。

私は穏やかに、松任谷由実の心情を推し量る。彼女は、初期の彼女の作品を愛した人たちの落胆の言葉を浴びるよりもっと先に、自身の抗いようのない変化を受け入れる過程を踏んだのではないか。ファンは落胆して離れることができるが、松任谷由実は松任谷由実から離れることができないのだから。それは誰より壮絶な道のりだったかもしれない。

また一方で穏やかに、前者を好み、後者を拒絶せざるをえない人たちの心情にも心を寄せる。もちろんどちらについても当事者の深みには遠く及ばない。それでも、落胆することなく、無理をすることなく、冷徹にでもなく、平静にそれができる。それはそれで特徴と言えるだろう。見ようによっちゃあ特技なのだ。

私はここの役割で働いていけたらいいなと思う。人間は個の特徴を活かすのが良い、というのが私の基本方針だ。非凡な繊細さ、非凡な創造力をもつ人たちの中で、それ以外に仕事がないとも言えるけれど、それをこそやりたいのだとも思う。その辺がなんとなく、林さんの役割定義と共鳴するところだ。彼は実際のところ、自身が語るよりずっと非凡だったと思うけれど。

1960年代後半から1970年代前半にかけて、こうした自分がぎりぎり生まれていなかった時代の話を読んでいると、あぁ私のいない世界がずっとずっとあって、そこにぽんと生まれてしばらく私のいる時間があって、また私が消えた後にもこの世界はあり続けるのだ、ということに独特の納得感を覚えるところもあり、それまた不思議な感じがした。とりとめない感想文でした。

*1: 柳澤健「1974年のサマークリスマス 林美雄とパックインミュージックの時代」(集英社)

2016-11-03

見積書の「単位」の選び方、「人日」の必然性

昨晩、ボーンデジタルさんが主催する無料イベント「ヨルカイ」シリーズ( #yorukai )の第1回に参加してきた。「夜会」と「寄るかい?」を掛けたタイトルだとか。平日晩に開かれる1時間半のこぶりなイベントで、名前のとおり良い感じにラフな雰囲気、参加しごこちが良かったです。益子貴寛さん(株式会社まぼろし 取締役CMO)がホスト役で、各回ゲストを迎えて今後2ヶ月に1回ペースくらいで開催していければとのこと。

第1回 ヨルカイ powered by Web検定
http://yorukai.connpass.com/event/40532/
※ヨルカイは、Web業界にまつわるさまざまな話題の中から、毎回ひとつのテーマについて、第一線で活躍する方々をゲストにお招きする対談形式のトークイベント

昨日のテーマは「見積書のホンネ」で、ゲストはたにぐちまことさん(株式会社エイチツーオー・スペース 代表取締役)。お二人とも人前で話し慣れているので、会場の空気づくりにも手練の業を感じる。

話の中身は非公開っぽいところもあるようなので書き控えるとして、話を聴きながら考えた、見積もりに関する個人的メモを残す。会場で発言を求められて、マイクを通して一応説明したものの、うまく言い表せなかった「人日」を使うときの必然性、「単位」の選び方を中心に。

そういえば、見積書のサンプルを見せてもらっていて気になったのは、見積書には「単位」の欄があったほうがいいのでは?ということ。「数量」だけだと、「人日」なのか「人月」なのか「点数・個数・回数」なのか「一式」なのかが一目でわからず、きっとこうだろうまでしか至れないので。

閑話休題。単位に「人日」を使う必然性みたいなことを後から振り返って自分なりに整理してみた。普段は感覚的に、今回はこれで示すのが妥当だろうという感じで「単位」を使い分けているので、言いえていない論点もある気はする。

【1-a】「数量」をモノの分量で示す(単位:個、点、回など)

1a

客の立場からすると、個数・点数・回数といった分量で「数量」が提示されるのは具象的でわかりやすい。だから、まずはモノの分量で表せるか、そう表して支障ないかから、考えてみるといいのではないか。

それで事足りるなら、お客さんも分かりやすいし、見積もりの増減調整もやりやすい。「こんなに予算は割けないから、圧縮するならどこかなぁ」というときに、項目をまるっとトルか残すかって選択だけでなく、数量を減らすという微調整レベルで先方と話し合いやすい。あるいは、制作するページ数が増えたとき、撮影したり制作する画像点数が増えたときなどにも、「数が増えるので、見積もりも高くなります」というふうに交渉を持ちかけやすい。ならではの交渉の難しさを負う面もないではないが。

【1-b】「数量」をモノの分量で示し(単位:個、点、回など)、「項目」をレベル分けする(難度A、B、Cなど)

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【1-a】の見積書だと、同じ「HTMLページ」を作る仕事とはいえ、その難しさに幅があるという場合に困る。そうした場合、たにぐちまことさんが紹介していたように、別紙で各HTMLページに難度A/B/Cランクをつけた表を作成して、A/B/Cそれぞれに何ページ制作するのか集計。それをもって、上のサンプルのように「項目」のところでレベル分けし、「数量」のところにページ数を振り分けて入れる。

【2-a】「数量」をコト一式で示す

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【1-a】【1-b】のようにモノの分量で示すのが難しい仕事もある。とはいえ、考えたりドキュメントを作成したりと、その案件のために働くことは確か。それはそれできちんとお金をいただきたい。というときに、「数量」を「一式」として提示する方法を採る。

【2-b】「数量」をコト人日or人月で示す

2b

しかし、【2-a】のように「一式」でまとめられるのにも、金額的に限界があるのではと思う。お客さんの感覚次第だけど、例えば日頃取り扱う予算が数十万から百万単位のクライアント担当者に対して、「◯◯費:単価600,000円×1式=金額600,000円」というのは、ちょっと雑な金額提示に感じられる。そこはもう少し「一式」を分解して「これこれこういうわけで」というのを示したい。

とはいうものの、見積もりを書く段階では、この「項目」以上に細かく項目立てしてボリュームを見積もることが難しい(細かく項目立てられても、数量が書けない)とか、どういうアプローチでそのタスクをこなすか、手段・手法を選ぶかはプロジェクトを進めながら考える(細かくした項目名が、現段階では書けない)といったことがある。

そこで「人日」「人月」の出番。「一式とするにはちょっとまとまった金額すぎる…」けど、「項目を、これ以上分解して提示するのも現段階では難しい」というとき、「まぁ、この規模、この難易度、この複雑さ、この予算感だったら、おおよそ単価いくらの人が何日動く感じに着地させるだろうと見積もります」という今精一杯の現実的な見積もりの提示。それで「3人日」とか「3人月」とかいう数量を割り出し、「一式」よりもう一歩踏み込んだ具体的ボリューム感を示す。

日頃はわりと感覚的にやっている「単位」の選択ながら、暗黙的にやっているのはこういう手順かなと思ったのだけど、どうだろう(長くだらだらつきあわせて、すみません…)。で、現実的にはわりと【2-a】【2-b】を使うことが多いと。

いずれにせよ、会場で挙手アンケートをしたときには、単位を組み合わせて使っている人がさほどいなかったのだけど、適切なものを組み合わせて使ったほうが勝手がいいだろうなと思う。上のステップは、けっこう適当に書いているので…妥当かどうかはわからないんだけど。

あと、会では【2-a】【2-b】で表すような項目に、打ち合わせ費や電話・メール・チャットなどを使ったコミュニケーションコストものせておくのが良いという話があった。「打ち合わせ費」を項目立てて提示するのは、客側がなんとなく受け入れがたいという心情的なものもあるが、ほかに、それが減額交渉の的になると「打ち合わせ回数を減らすから安くして」という話にもなる。それによって、うまく合意形成や認識すり合わせができなくなってしまってはコスト高になるばかり。私も打ち合わせ費用は、各工程の項目に含めて書くようにしている。

「能力や市場価値の向上とともに、単価を上げていく妥当性はあれど、実際に上げるタイミングは?」とか、「曖昧な相談対応を、無償から有償へと切り替えて案件化するタイミングは?」といった、個人的に聴きたかった話まではなかなか至らず、懇親会に参加すれば良かったと後悔。有名な人がたくさんいるとびびって後ずさる癖を来年はどうにかしたい…(早くも来年に託す夢)。

いろいろ考える機会をいただけて、有意義な会でした。ご登壇者、ご関係者、ご参加者の皆さま、ありがとうございました。

注釈)Webサイト制作を生業としていないため、サンプルの項目名や値づけの妥当性はあまり気にしないでください…。

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