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2016-08-29

相手を悪者にしないユーモア

うちの会社の夏期休暇は「7〜8月に5日間の休みを取ってよし」というもので、いちおう連続での取得が推奨されているけど絶対じゃない。それに甘えて、今年は全部とびとびで取った。

複数案件がいろんなフェーズで走っているのと、まとまった時間をとって集中してやりたい仕事が断続的に発生するのと、いいのか悪いのか休まなきゃならない事情もなかったので、今年は「気まぐれに5日間、休暇をつまみ食いできる2ヶ月」として楽しむことにした。

そうしてなんとなく夏期休暇を取り終えた8月最終週の先週末、言わば「ただの土日」に、今年の夏まず間違いなく私にとって最も夏休みらしい休日を過ごした。妹の帰省にあわせて、父と妹と私で家族旅行に出かけたのだ。父が舛添さんの泊まったホテル三日月に行きたいというので、行き先は千葉の房総に決定。

一週おきにやってくる台風の合間、どうにか雨に降られず曇り空のもと出発。車の運転は妹、父は後部座席、私は助手席に乗り込んだ。高速道路に乗って南に下っていく。久しぶりのサービスエリアも楽しい。

再び高速に戻ってしばらく車を走らせていると、どこかのインターチェンジで無茶な入り方をしてきたのだったか、黒のミニバン(たぶん)に遭遇。以下、うろ覚えの家族の会話。

妹「すごい運転だなぁ」
父「ああいう運転はだいたい60くらいのオバハンや」
私「えぇ!? 60の女性は車体の色に黒って選ばなくない?」
父「じゃあ、確かめてみよう。◯子、追い抜け」
妹「よし、見てみよう」※良い子は真似しないでください
(追い越し車線に移動、ブオォーン、真横まで来る)
私(左を見て)「ほ、ほんまやっ!」
妹(すかさず)「全然違うじゃん!お姉ちゃん、ほんまやっ!って言いたいだけじゃん…」

そうだった。全然60じゃなかった。40か50くらいのアラレちゃんメガネした女性だった。お姉ちゃん、ほんまやっ!って言いたかった。っていうか運転席から見てたのか、妹…。となると、3人全員で一斉に左向いて彼女を見ていたことになる。そりゃ向こうも見るわな。アラレちゃんと思いきり目が合ってしまった。

そんなこんなで、向かっている時点から笑いのお稽古は万全だった。なのに、その後の旅先でうまく使えなかったんだよなぁ。

ホテル三日月は、値段がかなり張るのだけど、それでこれは無いよなぁというオペレーションが目立った。施設にお金をかけているのはわかるのだけど、目立つところにお金をつぎ込んで、一見一流を装いつつ実際はそうでないから残念さが出てしまう。一人1万円くらいに押さえてあれば、あのオペレーションでも笑って流せるのだけど。でも120%ファミリー向けだったので、うちのようなジジババトリオで行くと、とりわけ行き届いてなさ加減が目についてしまうというのもあるかもしれない。

まぁそんなのも家族旅行となれば、旅の味わいに変えてしまえるもんである。ここのオペレーションはこうすれば良くなるのに…とか、宿の側がそうなら客の側が頭使ってこう動けば一気に長蛇の列は解消されるのに…とか、あーだこーだゴハンを食べながら(勝手に)問題点を整理して改善策を練るおしゃべりも楽しいっちゃ楽しい。私だけかもしれないが…。

とにかく夕食も朝食も、数百人入る広間に満員状態で、たくさんの人をうまく動かす流れが作れていないので混乱ぎみ。父はとりあえず風呂あがりのビールを持ってきてほしいのだけど、注文から何分待ってもやってこない。そこで宿の若者をつかまえて父が「もう150時間待ってるんだけど」と声をかけると、若者「150時間ですか…」と顔をこわばらせて固まってしまった。もしかして計算してるのか…。

そこで機転をきかせて「6日も前から座っとるはずないやないかー!」とか「そこ真面目に計算するとこやないでー!」とか合いの手を入れられればよかったのだが、私はこういう時たいてい笑いに持っていけず、「いや、冗談です」とか「だいぶ前に注文したんだけど、まだ来ていなくてねぇ」などと仲介に入って、柔和に微笑んで場をなごますとか間をとりなすとか止まり。

そういうので終わってしまうと、結局「文句を言った客と、文句を言われた宿の人」という構図そのものは崩せない。んむむ、やはり明石家さんまは偉大だ。

場をなごます、間をとりなすから、もう一歩。ユーモアをもって緊張を総崩れさせたいもの。だけど、ユーモアの語釈には「思わず微笑させるような,上品で機知に富んだしゃれ」と載っている。「6日も前から座っとるはずないやないかー!」じゃ品に欠けて、ユーモアへの道は険しいことを痛感するのだった。

これって、自分がサービスを提供する側と位置づけても大事なことだし、仕事以外の人間関係でも大事。誰かと相対するときに、ユーモアってとっても大事だ。こちらの対応力如何で、相手の意見がクレームになったり、相手が悪者になったり。逆に、相手の意見をクレームにしない、相手を悪者にしないこともできる。ある程度は、受け取る側の力量と心持ちで変えられるのだ。ある程度は、だけど。あと真剣に怒っている人には火に油、だけど。

って話がまとまらないので、話を戻して、とにかく家族旅行はとっても楽しかった。2016年夏の素敵な思い出。

2016-08-25

暗中模索に一筋の光

クライアントから「わかりやすい内容で、いろいろとイメージが膨らんだ。次回の打ち合わせを楽しみにしている」との返信をいただいた。嬉し泣きすぎる…。今回出した提案に対して、これほどもらって嬉しい言葉があるだろうか。いや、ない!夏休みだけどメールチェックしに来て良かった…。提案書を送った昨日のうちに、一通り確認して返事をくださっていたのにも胸がつまった。ほろり。

思えば、ここ2ヶ月ほどは暗中模索の日々だった。今もまぁそこから脱したわけじゃないが、この一筋の光は私にとって大きな意味をもつのだった。

もともと、この案件に関わる自分にとっての個人的な意味は、疑いの余地なくあった。研修に落としこむ前提ではなく、組織の人材開発という通常より広いスコープで、お話をうかがって分析する機会を得た。わらわらと挙がってくる問題をどう整理して、その先どこに解決策を導き出すのかは、私のこれまでのキャリアに照らすと、レールのない地頭勝負な面が強かった。

その道のプロとしてお助けしましょう!と胸はって言える領域じゃない。が、まずは営業活動の一環として無償でやる流れだし、それであれば文句も言われまい。使えないなと思えばそこで終了にするだろうし、それであれば客先にかかる迷惑も最低限に留められるだろう。私としては未経験ともいえる分野を実践させてもらえる機会だし、やらないと伸びない能力なのだからやりたいならやるっきゃない。というわけで、とにかく今自分ができるかぎりのことを体当たりでやってみようと思った。個人的に進むべき道は一択でシンプルだった。

ただ、それをメタ的にみて、自分の仕事のあり方を差配するのは難しかった。お話を聴いて分析レポートを上げた後も継続してやりとりがあり、この自分の働きはお客さんにとって有用なのか、自社にとってはどうなのかと悶々としていた。

私との継続的な関わりが、お客さんにとって無駄骨になってはいけないし、会社の時間を使って立ちまわる以上、自社にとっても意味ある働きに還元できないと申し訳ない。では、この案件において自分がどういう立ち位置で役割を果たせれば、お客さんにとっても自社にとっても望ましいのか。どう動けないなら、どこで自分は判断して身を引くべきなのか。先方から言われれば話は早いが、自分は自分で厳しく自己評価する目をもたねばなるまい。

しかし、わからないのだった。新しい要素を多分に含んでいるため、自己評価はたいそう難しい。この打ち合わせ時間はお客さんの問題整理、課題発見に有用だったのだろうか。この分析レポートは、お客さんが施策展開に打って出る一助になるのだろうか。すでに社内でも散々話し合って整理されていること、関係者間でもとうに共有されていることであれば、打ち合わせの中で私に状況説明する時間も、私のドキュメントを読む時間も、先方にとっては無駄な時間、労力なのだ。私には、自分の働き、打ち合わせのパフォーマンス、提出したドキュメントの有用性、これらを評価する能力が著しく欠けていた。

客先からの評価がどう下ろうとも、それを真正面から受け止めようとは腹をくくっていた。けれど実際のところ、こちらが何か出したものについて、お客さんがその良し悪しに焦点をあてて明確なフィードバックをよこしてくることは、なかなかないものだ。

それは、違和感なく読めて的を射ており、腹落ちしたから課題そのものに集中していて突っ込みがないということもあるし、可でも不可でもないとか価値が見出せなくてスルーしているから反応がないということもありうる。そこんとこが、つかみとりづらいこともままある。

でも前者なら、せっかくお客さんが課題そのものに集中しているのを遮って、私のアウトプットどうでしょうと野暮な質問を持ちかけたくはない。私だってお客さんと一緒に課題に集中して次に歩みを進めたい。一方で後者なら、向こうが言い出す前に察して、自ら引く冷静さを持ちたい。お客さんに気を使わせて、ずるずると要らぬ打ち合わせをもったりドキュメントを読むコストをかけ続けさせるような迷惑はかけたくない。

研修案件と比べて自己評価のあてがなく、自分の仕事に対してずっと懐疑的だった。ただ、一段階二段階と歩を進めていくうち、最初期に比べれば靄が晴れてきて、提案も具体化でき、あぁこのご担当者のこの課題にはこういうサポートができるかもしれないという提案ごととか、この人の真剣な取り組みを自分がこんな役回りでサポートできたら嬉しいなぁという思いとかが、ぐぐっと鮮明になっていった。それで、都度都度行けるところまで突き進んで分析や提案をまとめては提示してきた。

そこから得た、一筋の光だったのだ。はぁ、嬉しい。力になれるといいなぁ。力になりたい。まぁ引き続きの暗中模索、自分のできるかぎりを尽くすのみ、それでどうなるかはお客さんの判断だ。ここまでの道中だけ振り返っても、すごく良い経験をさせてもらった。この先も悔いのないように、こつこつ頑張ろう。

2016-08-24

ニュースにならない日常

昨日、倉庫をリノベーションしたという都内のオフィスビルに打ち合わせに出向いたのだけど、ビル前までは問題なくたどり着いたものの、その入り口で立ち尽くしてしまった。ビル名は合っている、間違いない。が、目の前のフロア案内に、目的地の社名がない。さらに、この倉庫ビルの入り口は、A、B、C、3つあると書いてある。

もう2つの入り口は、だいぶ遠くにありそうだ。大きな倉庫ゆえ、通りに面してずーっと先まで外壁が続いていて、建物の終わりが見えない。2つ目、3つ目の入り口前まで移動して、1Fのフロア案内にその社名があるか調べていったら、訪問時刻を過ぎてしまうにちがいない。

しかし、目の前の入り口から指定階まで上がって、果たして目的地にたどり着けるか、これも怪しい。これは、あれじゃないか、入り口ごとにたどり着けるところが違って、入るところを間違えると一向に目的地にたどり着けないってやつじゃないか(そういうので何度も痛い目にあっている。特に大きな駅…入り口じゃなくて出口だけど)。とりあえず指定階に上がってみて、その会社がなかったら、これまた時間のロスが大きい。

その会社のサイトに情報はないし、ここは電話をして入り方を確認するのが早いか…などと10秒20秒思案していたところに、郵便やさんがやってきた。これは!なんという巡り合わせ。郵便やさんこそ、こうしたビルの内部構造を知り尽くしているにちがいない、相談相手にうってつけの人物登場だ。しかも、これからまさに、このビルの中を一通り配達してまわろうという感じだ。というので、郵便物の束を抱えて入ってきたお姉さんに躊躇なく声をかけた。

「あの、どこそこって会社に行きたいんですけど、ご存じですか。サイトにはこういう表記しか書いていなくて。この入り口から◯階に上がって、たどり着けますかね?」と相談を持ちかける。すると、「あぁ、うーんと、じゃあ一緒に上がりますよ」と案内してくれることに。本当はいつもの配達ルートがあると思うんだけど、私が行きたいと言っているフロアを先にしてくれるらしい。「大丈夫。そのフロアにも用あるので」と、着いてきな!って感じで前を歩いていく。

お礼を言って足早に彼女を追いかけ、1Fのエレベーター前まで来ると、そこの各フロア案内には目当ての会社名が書いてあった。「あ、ありました!社名書いてありました。あとは大丈夫そうです」と指差して言うと、彼女「あぁ、でも、そのフロアはシェアオフィスだから、入り組んでいてわかりづらいんですよ」と言って、やはり一緒に上がってきてくれた。

そして、目的の会社のドア前までたどり着いたところで、私がガラス越しの先方担当者を目にとめて視線を向けているうちに、郵便屋さんは「じゃあ」と言って足早に曲がり角を折れていった。向かう途中に何度かお礼やら詫びやら伝えていたものの、私は最後にきちんと頭を下げてお礼を言えずじまいに。

こちらは心残りだったけど、彼女にとってはたぶん、日常のちょっとした当たり前の善意なんだろうという気がする。私も彼女の立場だったら、まぁ同じようなふるまいをするだろうとも思う。思うんだけど、私はそのことを何度となく、この一日半くらいの間に思い出しては感じ入った。

なんというのかな、そうやって私たちは毎日を生きているんだよなって思ったのだ。こうしたささやかな善意は、何のニュースにもならない。けど、たぶん日々そこら中で起こっているのだ。当たり前のことは、ニュースにならないのだ。

そうした日常の、ニュースにならないこと、悪いことではなく善いことを、気に留めて、目を向けて、言葉を与えて、意味を与えて、価値を見いだすのは、誰のすることか。私なのだ。メディアじゃなくて、一市民である一人ひとりの私が、やるかやらないかなんだよな。そうやって自分が生きる世界の見え方は、自分がつくっていくのだ。

2016-08-08

過去を変える、未来の作用

今年のリオデジャネイロ・オリンピックは生中継を観られる。NHKが実験的に、テレビと同時中継でWebサイトにも映像を流してくれているのだ。

テレビを持たない私は、長いこと生中継でスポーツ観戦する経験をもたなかったが、開会式翌日に行われた競泳400m個人メドレーの萩野選手が金、瀬戸選手が銅メダルを獲得したレースは、観ていて力が入った。

あとで動画を観るのとライブでは、やっぱりだいぶ感覚が違う。別に「動画よりライブ」と言いたいわけでもない。一通りを終えて振り返る体験には、また別の意味が宿る。

そうしたことに思い巡らせているうち、今読んでいる小説「マチネの終わりに」(*1)の一節と脳内でリンクした。

登場人物が少し前に亡くなったおばあちゃんの話をする。おばあちゃんは90歳になって足元もおぼつかなくなり、転んだ時に庭石に頭を打って亡くなってしまう。自分が子供の頃、よくテーブルに見立ててままごと遊びしていた石が、大切なおばあちゃんの命を奪うことになる。それまで何十年と、良い思い出の風景として在り続けた石が、未来の一件で意味を変えてしまう。その石を良い思い出の風景としてだけ思い出すことはできなくなる。

ギタリストはこう返す。

人は、変えられるのは未来だけだと思い込んでる。だけど、実際は、未来は常に過去を変えてるんです。変えられるとも言えるし、変わってしまうとも言える。過去は、それくらい繊細で、感じやすいものじゃないですか?

音楽もまたそうで、聴き始めは手探りでその主題の行方を追い、最後まで見届けたとき、振り返ってそこに広がる風景をよむ。

展開を通じて、そうか、あの主題にはこんなポテンシャルがあったのかと気がつく。そうすると、もうそのテーマは、最初と同じようには聞こえない。花の姿を知らないまま眺めた蕾は、知ってからは、振り返った記憶の中で、もう同じ蕾じゃない。音楽は、未来に向かって一直線に前進するだけじゃなくて、絶えずこんなふうに、過去に向かっても広がっていく。

繊細で、感じやすい人の解釈が「過去」の印象を塗り変え、意味合いを書き変えていく。大人になればなるほど、たくさんの過去をもち、未来の自分がその意味づけを変えていく機会に巡りあう。それは決していいことばかりじゃないかもしれないが、それでも点をつなげて、意味を深めて、価値を広げていくポテンシャルを、過去はたくさん秘めている。大人は過去持ちだから、そのことは大事にしたい。「今」もまた、「未来」に書き変えられていくのだと自覚しながら受け止めていきたい。

時も偉大だが、人間の解釈も偉大だと思う。そもそも「過去」というものが一時的な人間の解釈に立脚した、やわいものだと言ってしまえばそれまでだけど。

*1: 平野 啓一郎「マチネの終わりに」(毎日新聞出版)

2016-07-31

不可避のライン

Pokemon Goに個人的な好き嫌いが出るのは当然と思うのだけど、あれを今時点で社会的な価値づけとしてダメと論評するのには、えぇー…と思った。一部のノイジーマイノリティの声が目立って聞こえてきているだけかなとも思うのだけど、実際のところがよくわかっていない。

ともあれ、アプリが出て数日の、まだみんなが使い慣れてもいないいっときを切り取って、あれは危ないからとか、人をダメにするから良くないとか断じてしまうのは早計に感じられる。

これだけの社会現象を巻き起こしたとあれば、使い方マナーの啓発活動は、提供主側もする必要があるかもしれないし、それで人があふれているところなどは、一時的に対策を講じなくてはならないこともあるだろう。

でも、それぞれに1週間2週間と使えば、遊び方はこなれていくだろうし、1ヶ月後も2ヶ月後も同じだけの人数が同じ場所に通い詰めているとも思えない。隅田川の花火大会なり、フジロックフェスティバルのように、いっときのお祭りと思えば、イレギュラー的にいっとき一所に大量に人が押し寄せているという見方におさめることもできる。それに応じて、期間イメージをもった対策を考えるのが妥当だろう。

いつまで経っても学習が進まずケガが絶えないということであれば改まった対策が必要だけど、出て2〜3日のアプリを、数日の混乱をみて、その存在自体断罪するのは浅薄だし、無期限を想定してルールを作ろうとするのは合理性に欠ける気がする(無期限を想定して作られたルールは、そのルールが不要になっても残ってしまいがちだ)。

人は新しいものを、段階的に使いこなせるようになったり、関わりあえるようになっていく。そうやって時代とともに、新たな道具を取り入れ、合理性と自由と、その次に得られる可能性を獲得してきたのだ。それが何ものかわからない時点では、評価をくださず留保するというのも、評価能力の一つだよなぁなどと思う。

そんなことをうだうだ考えているときに、「〈インターネット〉の次に来るもの 未来を決める12の法則」(*1)の「はじめに」を読んで、まさしくだなぁと心に響いた。

われわれはあまりに早く変化していて、新しい機能を発明する速度がそれを文明に取り入れる速度を超えてしまっている。あるテクノロジーが出現すると、それが何を意味するものか、それを飼い馴らすためにどういうマナーが必要かという社会的な同意ができるまでに、10年はかかっている。

ということで、

テクノロジーを使い始めた頃の反応はすぐに消えていくもので、別に本質的でも不可避でもない。

私がだらだら書き連ねてしまうことを、ある人はこんなにシャープに表現できてしまう。こなれた翻訳者の手腕もあるかもしれないが、ピーター・ドラッガーの文章を読んだときのような心持ちで、聡明な世の中の捉え方にふれ快く味わう。「はじめに」だけでも買った甲斐があったなぁと。まだ「はじめに」にしか読んでいない…とも言う。

この本は、著者がここ30年の技術進化にもとづいて、この先30年がどう形作られるか、不可避なテクノロジーの力を12コ挙げて説くものだ。小さなトレンドがどうなるかというのは、予測がつかないけれど、

テクノロジーの性質そのものに、ある方向に向かうけれど他の方向には向かわないという傾向(バイアス)がある。

そのバイアスを項目立てて、ここ30年の大きな流れから、この先30年を見通すことはできると。

そのバイアスがもたらす変化は、すべてが歓迎されるものではなく、既存ビジネスが立ちゆかなくなったり、今就いている職業では食べていけなくなったり、今の法を逸脱して違法な領域にも踏み入ったり、心を痛めるような事件、紛争、混乱も生じるだろう、と。

それでも、

不可避なものを阻止しようとすれば、たいていはしっぺ返しに遭う。禁止は一時的には最良の策であっても、長期的には生産的な結果をもたらさない。

であれば、

生まれてくる発明が実際に(つまり可能性としてでなく)害悪にならないように、われわれは法的、技術的な手段によって制御する必要がある。個々の性質に合わせて、文明化し手なずける必要もある。ただそうするためには、まずは深く関わり、手を出して試してみて、警戒しながらも受け入れていく必要がある。

人間には制御不能な変化も起こる世の中に生きているという前提に立って、テクノロジー進化がもたらす変化も例外ではないことを踏まえるなら、これまでのテクノロジーの大きな流れから、不可避のことと、制御できることを見通して、己をわきまえて、受け入れていくという態度で関わりたい。人間はまったく万能じゃない、大きな流れの中に身をおいて、さまざまな不可避のことを抱えて生きているんだと思うから。

*1: ケヴィン・ケリー(著)、服部桂(翻訳)「〈インターネット〉の次に来るもの 未来を決める12の法則 − 未来を決める12の法則」(NHK出版)

2016-07-24

「面倒くさくない」という指標

上司の代理で、とあるリーダーシップ開発の研究会に参加している。リーダーシップってよく、「リーダーとリーダーシップは別の概念であり、リーダーシップとはリーダーに限らず(広く全員に)求められるものである」と言われる。

が、本当にそうだろうか。改めて考えてみると、ちょっと結論に一足飛び感がないか?と疑問符を打った。「リーダーシップ」と「リーダー」、言葉が違うんだから意味だって違うはず。それはわかる。けど、意味が別なのと、「広く全員に求められる」はイコールではない。その「広く全員に〜」は、どこで拾ってきたのだ。

リーダーシップというのは、人材開発業界では常に脚光を浴びている安定のトピックで、いろんなところで研究がなされている。世に出ている「リーダーシップの定義」を数えたら200くらいあったという話も聞いたことがあるから、「広く全員に〜」がどれくらい一般的なのかも、よくわかっていない。私の捏造かもしれない…。

ともかく、この現状を地に足つけて捉えるに、それぞれの現場で「我々としてはリーダーシップをこういうふうに考えていくよ」って身内の定義を共有しないと始まらないってことだ。みんな、リーダーシップについてバラバラのイメージを持っているわけだから。

例えば、年次を考慮して“若手・中堅社員におけるリーダーシップ”を、

組織の上位方針や所属部署・担当職務の役割にもとづき、自ら目的に応じた仕事を作り出し、上司や関係者の承認・助言を得ながら、やり方を修正・調整し、関係者と協調しながら、一定の制約条件(期限や予算)のもとに完遂できる

みたいに定義したとして(適当)、これを「わが社の社員全員に求める」のは、本当に現実的なんだろうか。ある人は、これって極めて基本的な仕事力で、新卒1〜2年目には無理だとしても、3年、5年の社員にはできていてほしいパフォーマンスだと考える。

でも、じゃあこの辺のことを5年目とか10年目とか問わず、社内でできている人って何割くらいいますか?と問うと、だいたい1〜3割くらいにおさまるのだ。

ということは、つまりそういうことなんじゃないかなと。このリーダーシップってやつも、全員に求める能力ではなく、技術者が特定の技術力を持つのと同じように、一部の人がもつ特殊能力って位置づけちゃったほうが現実的な組織づくり、人事施策が打てるんじゃないかなと。いつまでも「リーダーシップは社員全員が身につけていなきゃいけないのに、いろいろやっても身につかない」と嘆いていないで。だって何年も何十年もずっと、1〜3割で推移してるんでしょ?と。それ、何かやって6〜8割に変わりますかねと。

もちろん、上に挙げたような能力を、当たり前に全社員に求められる採用力ある大企業、ベンチャーもあるかもしれないし、少数精鋭のスタートアップもあっておかしくない。けれど、それはそれ、現実的に難しいと思う企業は、「うちはそうではない」と割りきって、リーダーシップも一部の人がもつ特殊能力、自社製品・サービスの技術開発力も、顧客対応力も、財務も事務も同様に、一部の人がもつ特殊能力という前提で、チームづくり、組織づくりを考えたほうが現実的な策に着地できるのではないかと。

つまり、一人に求める能力をむやみに万能化せず、自社の現実に即してもっと小分けして、みんなで分担するようにするというのか。自社の採用力をわきまえず、一人に万能性を求めすぎると、結局どの能力も十分に発揮できない集団になってしまうというのか。

いや、割り切りすぎて、まったく多くを求めない、個の成長が見込めない企業となるのもどうかというので、結局はバランスなのだと思うけれども。

それで考えたのは、社員個々人が「何ができるか」に焦点をあわせるのではなく、「何を面倒くさく感じないか」で組織メンバーを構成して、採用したりチーム編成したりマネジメントするといいんじゃないかなぁということ。「今もっている能力」ベースの組み合わせじゃなくて、「今後伸びていくポテンシャル」をベースに組織づくりを考えるというのか。

人はとかく、その人が今できること、今見て取れる得意なことに目を奪われがちだけど、この人は自分や他の人と違って、「こういうことに面倒を感じない人なんだなぁ」というところに、その人のもつポテンシャルやユニークポイントの芽を見出すといいんじゃないかと。

人によって「何を面倒くさいと感じるか」って違う。リーダーシップも、あるいはそうではないかと。誰も発言せず膠着状態の会議で、別の切り口から問いを投げて話し合いを展開させようとすることを厭わない、やらないではいられない人もいれば、そのまま静かに下を向いて時間が行き過ぎるのを待ちたい人もいる。進めていることの反対派に直面すると、それを解きほぐすのを面倒に感じる人もいれば、説得するロジックを組み上げてプレゼンし、人々を巻き込んでいくことに面白みを感じる人もいる。

また別に、ある人は技術進化の激しい分野で、日々技術情報をキャッチアップして新しいものを習得して実践に活用していくのを厭わない。厭わないどころか、全然苦にならないし、面倒に感じない、むしろそうやって生きていきたいという人もいる。でも、そんなの絶対やだ、ものすごい面倒…と感じる人もいるのだ。

あるいは、1mm、1pxのズレが納得いかず、その配置に美醜を感じて整えずにはいられない人もいれば、そこに神経をつかうなんて疲れちゃうという人もいる。

ある人はタスクAを面倒に感じ、タスクBに時間を割くことを厭わない、あるいは気になってこだわらざるをえないのに、別のある人にとっては、タスクAとBが逆転する。

そうやって、人はそれぞれに面倒くさくないものに時間を使い、こだわり、おのずと能力を高めていく。組織が発揮する機会を与えていけば、それを面倒に感じる人より、ポテンシャルが開花する可能性は高い。そうやって個々の専門性を高めていくのが自然かなと。

凸凹がある者同士がチームを作ることで、一人ではできないことを実現しようとするのが組織の意味だとするなら、そうやって個々のポテンシャルを見出して、機会を与えて、いろんな人が集まったチームを育てていくのが健全なのでは。リーダーシップも、ベーシックな能力というより、多くの企業においては特殊能力と位置づけちゃったほうがいいのかもなぁと。

まぁ結局はバランスの問題。もちろん組織共通の価値観も必要だし、ベーシックなコミュニケーション能力みたいなのも必要だし、どこにバランスの線を引くかは個別案件なんだけど。

2016-07-22

同じ空間、同じ時間が意味を生む

ひとりの人間がたまたま同じ場所、同じ時間(時期)に両者に触れたというので、全然関係ない作品に関連性が見いだされていく様を、おもしろいなと思う。

例えば私は先週末に、岬龍一郎氏が編訳した「老子」(*1)と、山崎ナオコーラさんの「美しい距離」(*2)を並行して読んだ。双方にこれといった関連性はなく、老子なんて遠く紀元前の人なわけだけど、私が同時期に一緒に読んだということで、私の頭の中では老子と山崎ナオコーラ(というか「美しい距離」の主人公)の弁が勝手に関連づいて読まれたりする。

私には「美しい距離」の主人公が、仕事人の顔をもつ妻のことを思いながら、

配偶者というのは、相手を独占できる者ではなくて、相手の社会を信じる者のことなのだ

と考えるシーンが、たいそう胸に響いたが、それが同時期に読んだ「老子」の、

善く結ぶものは、縄約(じょうやく)なくして而も(しかも)解くべからず

に紐づいて、これまた共鳴する。これは「人との関係性は、縄で結ばなくても、心で結ばれていれば解ける心配もない」ってな意味。

私は配偶者をもたないけれども、配偶者にかぎらず、男女間の関係にかぎらず、「自分の大事な人を、大事にする」というのは、私にとってこういうことなんだろうなぁ、あるいはこういうふうでありたいと私は思っているんだなぁと、両者にふれて認識を新たにする。

縄で結んでおかないとほどけてしまうくらいなら、そもそも本質的な結び目が成立していないのだし、それを必死に縄でくくりつけようとすることに、私は意味を見いだせない。そう考えると、そもそも縄など必要ない。

縄で必死につなぎとめようとするくらいなら、縄などなくても互いに惹かれあえるよう、関係が深まってさらに発展していくように、自身を磨き続けて日々を生きていったほうがずっと気持ちいいと思う。それで関係がほどけてしまうなら、それはそれで仕方ないし、悔いもなかろう(とまではすっきりいかないかもしれないけど、まぁまぁ)。

と、ぐだぐだ書いているのは主題の一例で、ともかくひとりの人間が、たまたま同じ空間・場所でそれを体験したからとか、たまたま同じ時間の連なりの中でそれを体験したから、その2つに関連性が生まれて意味づけられるというのは、なんかおもしろいなと。私のもやっとした価値観を媒介にして、関連ない2つのものがふっとつながるのだ。

今後はそうした価値提供、ふっとしたきっかけを、リアルな場をもつ商業施設、カフェだったり本屋だったりが、どういう掛け算をして複合的な意味を生み出していくかが、腕の見せ所になるんだろうなぁなどとも思った。漠としているけど、ちょっとした走り書きメモ。

*1: 岬龍一郎「老子」(PHP研究所)
*2: 山崎ナオコーラ「美しい距離」(文藝春秋)

2016-07-13

スライド共有:「勉強会」の作りこみ方

私は日頃、クライアントさんにオーダーメイドの研修をつくって提供する受託稼業を営んでいるのですが、先週とある案件がいち段落したのを振り返りつつ、ちょっとしたお話をこしらえましたので共有します。28枚ほどのスライドです。テーマにご興味のある方は、お時間のあるときに目を通してみてくださいませ。

▼Slideshare(スライド共有サービス)
業界コミュニティにおける「勉強会」の作りこみ方

「演習課題をどう作るか」って、工夫・考慮するポイントを挙げ出したらきりなく挙がってくる類いの問いなのですが、昨今は社内や業界コミュニティで活発に「勉強会」が開かれ、ワークショップ形式も多く採用されているので、主催される方がワークショップ課題を事前に作りこむ際、いくらかでもお役に立てるトピックスがあればと思って整理した次第です。

社内、あるいは業界コミュニティの勉強会を主催する方々に見ていただいて、フィードバックをもらえたら、それをもとに反省しよう&必要に応じて作りこもうという魂胆で、粗削りのプロトタイプみたいな状態ですが、なにかしらお役立ていただけるところがあれば幸いです。

なお、後半にある「演習設計10コのポイント」を洗い出したのが、今回スライドをまとめるに至ったとっかかり。最近お客さん向けに作った演習課題を振り返りながらポイント出しした感じなので、教科書的な網羅性があるものじゃないのですが、一応これが本題で、これに至るまでのスライドは話のまくらです。まくら長い…。あと事例紹介は、このスライドの中に収めようとするとだらだらしてしまうので含めていませんが、あしからずご了承ください。

2016-07-09

職人のダイナミズム

是枝裕和監督が著した「映画を撮りながら考えたこと」(*1)を読んでいる。代表作は「誰も知らない」「そして父になる」「海街diary」「海よりもまだ深く」。是枝監督はテレビディレクター出身の映画監督だ。まえがきの中で、こう語っている。

僕が語っている映画言語は、間違いなく映画を母国語とするネイティヴなつくり手のそれと違って、テレビ訛りのある「ブロークン」な言葉である。

本書も、「映画監督としてではなく、テレビディレクターである自分が自作を通して行う現在の映画づくりや映画祭についての、内側からのルポルタージュ」として記されている。

最初は「絵コンテにしばられていた」是枝監督の映画が、どんなきっかけを得て、誰とのどんな会話を通じて考えを深め、作品の形を変えていったのかが読めておもしろい。

例えば、ドキュメンタリーのカメラマン田村正毅(現・たむらまさき)さんとの「やらせ」に関するやりとりがある。

やらせを批判する側というのは「ありのままを撮れ。脚色するな。演出なんかいらない。撮った順につなげ」と無謀なことを言います。しかしそれでは、究極的には「隠し撮り」になってしまう(だって相手が撮られていることを気づかないように撮るのだから)。この疑問に対して田村さんは、「隠し撮りでは相手の自己表現になりませんね。そんなものは撮ってもドキュメンタリーにならないし、撮りたくはない。カメラを意識して相手がどう演じようとするのかということが美しく、おもしろいのだ」と答えてくれました。

ありのままを撮るのがドキュメンタリーだろうというのは、素人がなんとなくで発想してしまいそうな見方だけど、カメラを向けた時点で取材される側は、自分をこう見せたいと少なからず演じようとする、それが撮影現場の必然だろうとは、こうした話を読めば素人でも想像ができる。

ドキュメンタリー監督の小川紳介さんの言から、是枝監督は「取材者がこう撮りたいという欲求と、被取材者がこう撮られたいという欲求が衝突するところからドキュメンタリーは生まれていくのだ」との解釈を述べている。

私はこうした、AとBを一方通行の上下関係でなく、双方向の対等な関係に配置する概念のとらえ方、そのAとBの衝突から想像力やら技術やらを総動員して何かを創りだす人間のはたらきが大好きだ。

大島渚監督は、記録映画(ドキュメンタリー)を満たすつくり手の条件の一つとして、「取材を通して撮る側に起きた変革も含めて作品化すること」と書き残しているそう。

こうしたものを、作品づくりを通して是枝監督が経験、実感していくさまが、この本にはぎゅっと記されている。人にとって思い出とは何か?を問う『ワンダフルライフ』という映画の話は、おもしろかったな。

死者たちは初めて辿り着く施設で、職員から「あなたの人生を振り返って、大切な思い出をひとつだけ選んでください」と言われます。選ばれた思い出のシーンは、職員の手によって映画化され、死者たちはそれを観ながら、思い出とともに天国へと旅立つことになる。

この映画づくりの過程で、是枝監督は「この施設に集まってきた死者たちがどのような“思い出”を選ぶのか」を、一般の人にリサーチする。学生を数人アルバイトで雇い、ビデオカメラを持たせて街でインタビューしてもらい、600人ほどの映像が集まった。

途中まで、それはあくまで脚本を書くためのリサーチだったのだけど、学生が集めた映像が思いのほかおもしろくて、これはそのまま本人を撮ったほうが、当初の趣旨に近付けるのではないかと思い直す。カメラマンもドキュメンタリー畑の山崎裕さんにお願いすることにして、絵コンテは一切描かず、一般の人が思い出を語りやすい状況を是枝監督がつくって、山崎さんにそれを自由に撮ってもらう、という方針にした。

当初是枝監督は、一般の人たちが自分の思い出について「こうだったかな」「ああだったかしら」とスタッフとやりとりしているシーンを映画に使うつもりはなかった。メイキングはアリバイ的に使うだけだから、ちょっとだけあればいいと、カメラマンの山崎さんに何度か言った。

けれど山崎さんは、監督がちょっと撮影現場から離れたときにもカメラを回していて、プロデューサーが「もうフィルムがないですよ」と注意すると、「じゃあビデオでもいいから回す」と、撮ることをやめなかったと言う。

しかし、その映像は僕にとって、“発見”でした。編集をスタートしてみると、上映用に撮った再現フィルムよりも、一般の人が思い出を語り、再現の場に立ち合って悩むメイキングで撮った映像のほうが、生々しくてリアルだった。つまり「再現」ではなく「生成」であった。それで、方針を変えて、メイキングの映像を映画に残して、完成品のほうは作品には入れずに構成することにしました。

現場でおもしろいと感じたものに、「脚本から外れようが監督から望まれなかろうが、撮りたいものは撮るのだ」とカメラを向ける、その姿勢に是枝監督は驚く。でも、本来カメラというのはそうあるべきなのではないかと、このとき感じたと言う。

これが1998年、今から20年近く前の話。一つひとつの作品づくりを通じて、こうした撮る人、撮られる人のダイナミズムにもまれながら、「取材を通して撮る側に起きた変革も含めて作品化すること」を積み重ねてこられて、今の是枝監督があるんだろうなぁという感慨を覚える。

これをまた7年さかのぼって、テレビディレクターとしてデビューして間もない1991年のドキュメンタリー番組制作のことを振り返るところで、すでにこう述べている。

取材で発見したものを構成に組み込むことで、番組はより複雑な現実に対峙できる強度を持つ、ということを僕はこのとき身をもって実感しました。それは、自分の先入観が目の前の現実によって崩される、という快感でもあったのです。

テレビ番組、映画を撮りながら二十数年と考えてきたこと。読みながら、こうした「つくり手」のサポーターの端くれとしてお仕事ができていることを、改めてありがたく思う機会にもなっている。

*1: 是枝裕和「映画を撮りながら考えたこと」(ミシマ社)

2016-07-07

「悪い人」認定の取り下げ方

昨日思いつきでFacebookに書いた話だけど、拡張版をメモ。己の了見の狭さと、悪人遭遇率の高さは、正比例すると思う(反比例でいったほうがいいのか…)。逆に言うと、己の了見が広ければ、そうそう絶対的な悪人って遭遇しないんじゃないかなと。向こうからの見え方や、向こう側の考え方に思いを馳せれば、己が他人に立腹する時間は減ると思っている。

って書くと、世間をわかっていないとか槍がとんできそうだけど、私がイメージしているのは、一般市民のごくごく日常のこと。人がやりとりするときに生じる、ささくれのようなものだ。

「なんてひどい人」って思う前に、いろいろ視野広げて考えれば、その人を悪人にしなくて済むことってたくさんあるよなぁと。善悪の評価を持ち込むのは常に人間なわけで、へたに善悪の価値観持ち込まず、別の捉え方をしたほうが、何かある度だれかを悪人にせずに済んで自分が楽だ。

自分の側で捉え方をコントロールしたら健康的に過ごせることってたくさんあるんじゃないかなぁと。悪人ゼロにはならないかもしれないけど、数は減らせるんじゃないか。悪人遭遇の要因はもちろん、自分の了見だけの話じゃないけど、いくらかでも減らせるなら、そのほうが楽ちんではないかと。

一歩掘り下げると、じゃあ自分が「悪い人」認定する「悪い人」ってなんなんだって話だ。

ひとつ、悪い人を「自分に悪事を働いた人」とする。たとえば、ある人が何か自分にぐさっとくるようなことを勢いよく意見してきたとする。自分は気分を害したとする。とすれば、それは他の誰にとっても悪事なのか。気を悪くしない人もいないかどうか。そう考えてみる。

そうした他者の意見を欲する人もいるかもしれない。取り入れるかどうかは別の話、後で自分で判断するとして、自分に対して率直に意見してくれる人は歓迎だという人もあろう(まぁ、その内容如何というのも多分にあるだろうけど)。

どの範囲の属性、地域、文化、時代の人までは、それを一般的に悪事と受け止めると言えそうなのか。とか考えていくと、絶対悪でもないかなぁって気がしてきて、当初自分が出した「悪人認定」を取り下げられるかもしれない。

ひとつ、悪い人を「悪気があって悪事を働いた人」としてみる。その人は、本当に悪気があったのかどうか。それが自分の気分を害すると知らなかったとするならば、教えてあげれば事足りる。その人にとっても良い学習機会になるのではないか。先の検討から、それが絶対悪でないならば、「それに気分を悪くする人もいて、それはこういう理由から」という情報提示をすれば良い。そうすると、その人を「悪人認定」する必要はなくなる。

まぁ、そんなことばかりじゃないだろうし、「悪人」を何とするかは人によってさまざまあるだろう。けど、自分の捉え方で、へたに自分にとっての「悪人」を作らず、増やさず、自分をいくらかでも楽にできることってあると思う。そこまでする間柄じゃないって感じるなら、その人は「ひどい人」なんじゃなくて「自分の好かん人」なのかも。この差は大きい。

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